Nerdyな人が増えて来た喜ばしい日々
by nerdy
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行ってきます
来週月曜日までヴァーモント州からNY州の奥のアドランデック山中に行ってきます。
あの辺りの山は先週の大雪で、かなり雪が積もっているそうで、雪靴を履いてハイキングするには最適な環境。幸運にも晴天ならキラキラ光る霧氷が、木の枝の固い木の芽を寒風から保護していて、その中でガラスケースに入った様に雪解けまで静に眠る蕾みの様子などを見てきます。

戻って来たら、またブログ更新をしていきたいと思います。
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by nerdy | 2007-02-23 13:37 | ご挨拶
遂に我が家の猫と成る
どうやらデブリカショーは、我が家の猫になる模様。そろそろ生後9ケ月になろうとしている。我が家が隅々まで知り尽くした縄張りとなったので安心しきった様子をしている。
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猫の寝そべりは、おすわりの可能性がある。
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小さな体なのに一日に飲む水の量は結構、多い。猫は水が嫌いと聞いていたけれど、洗面所から水道の水の音がすると、一目散で走ってきて、前足で水と遊んでいる。その目は興味津々の目。
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窓の外に来ている鳩や小鳩やリスを踏み台に乗って眺めている最中。小鳩よりも大きめの鳩に興味が有る様で、窓辺で鳩が日向ぼっこをしているのを見つけるとデブリックはハンターそのもの。鳩も鳩で、飛びつかれないのを知っているのか、今まで2羽しか来なかったのに、デブリカショーが来てからは今では7羽以上が列を組んで日向ボッコをする様になり、時々、窓から部屋の中を覗く事までする。時にはリスが日向ボッコをしている時がある。その時のデブリックとリスの間の張りつめた緊張感はスゴいもの。小さな世界だけれど、ここにも動物界が成立しているのを見ていると楽しい。

日本で「猫は家につき、犬は人につく」と言われるけれど、そうは一概に言えないのが分かった。時間をかけて人や場所を観察する風には見えるが、一旦、猫流に理解すると、人とコミュニケしようとする其の意欲は旺盛。人との接し方が柔らかく、しかも落ち着いていてガサガサワサワサしていなくて凛としていて、それでいて人の様子の変化を非情に敏感に感じ取り、しかも部屋から部屋へ人の後を付いて回って、ちょっと距離を置いて其所にジッと座ったり横になったりして眺めている。不思議な動物だ。暗闇の中の視力も優れているのには驚く。

写真などで猫が人の膝に座っている所を目にするけれど、デブリックは人の膝というものに乗ってこない代わりに、近づかれる方を好む。
ベッドの上などで眠っている時に私が傍らに寄って片腕を乗せて一緒に横になると、私の腕を両腕で抱えて眠り続ける。非情に性格がおおらかな猫だ。

人間の速い機敏な動きには驚く様で、考えてみたらデブリックは何かに狙いを定めて飛びつく時以外は悠々としたノンビリした動作をしているから、猫流には速い動きというのは赤信号の時という意味なのかも知れない。

非情に不思議なのは50センチほどの高さのコーヒーテーブルの上で横になっていて甘えてゴロゴロと転がりすぎてテーブルから不意に落ちても、ほんの50センチ程度の落下距離でも床に体や頭を打って打撲傷という事がなく床に4本の足で立って落ちる事だ。咄嗟の不意の予測もしなかった事に対する備わった才能は見事だ。

デブリカショーは物静かで、穏やかで、非情に柔和な性格をしている。それに一緒に居て非情に気が落ち着いてくる。純粋だからだと思う。
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by nerdy | 2007-02-20 11:39 | デブリカショー
三重国籍
知人に三重国籍の人が居る。その人はドイツから25年前にアメリカに来たドイツ人女性だ。欧州でベルギー人の男性と結婚したのでベルギーは結婚と同時にベルギー国籍になるので、ドイツで合法と認める二重国籍であった。2000年にドイツが完全に二重国籍を認める事になったので、すぐにアメリカ市民権を取得し、今は三つの国籍を合法で持っている。

三重国籍が可能なドイツの様な国もあれば、日本の様に友好国のアメリカ合衆国の市民権取得でさえも日本国籍喪失届けを個人に提出を義務づける国もある。

海外に居住する日本人が外国の市民権/国籍を取得した場合にも、あるいは日本に居住する日本人で日本国籍を持つと同時に例えばアメリカ市民権をも持っている人も、20歳、あるいは22歳、もしくは他国籍所得の2年以内にどちらかの国籍を選択する、となっている。しかし日本国内に居住する人に関しては1つの国籍選択を行使していない。それを法と扱えと言うなら私には通用しない。

日本国籍が自動消滅している者に更にその個人に日本国籍喪失届けを提出する義務がある、とするのは人権問題である。 人権問題だけに留まらず、更に将来に国籍法が変わった場合、「あなたは自ら日本国籍喪失届けを何年何月何日に提出しているではないですか」と言える状態を整えている事にもなる。だから私は提出しないが、しかし、こういう状態の中で義務だと当たり前の様に言える領事館の神経の緩慢さを腹立たしく思う。しかも「配偶者は日本人ですか」と聞いた。配偶者が日本人であろうがアメリカ人であろうが、どういう関係があるのか。
こういう領事館の無礼は今更始まった事ではない。

その反面、在日アメリカ大使館のサイトから、日本の国籍法を掲載している法務省の民事局へのリンクの部分を見るとリンクの前に其れを「非公式」と在日アメリカ大使館はことわりを入れてある。非情に変なのである。

成田飛行場や関空で外人として日本入国の列に列んでいると移民局の人が「日本のパスポートは無いのですか? 持っているなら其れで入ったら如何がですか」と言うのも非情に変である。

もっと変なのは、数年前にアメリカ市民権を取得した日本人女性が日本に帰省した時に役所に報告がてら日本のパスポートを返上しに行った際に、その女性は役所の人から、そのまま持っていて更新したら如何がですか? と言われ、今でも日本のパスポートも持ち、日本で国籍喪失届けなど言われた事がない。

国籍をハッキリしましょう、という事が目下、民事局を通して進められている最中の様だ。つまり「なあなあ」なのである。

数日前、日本に居る人と電話で話していた時に「今の日本は以前と違って地球の中の日本、という考え方で、だから日本人である、という事が大変重要になってきているのだ」と言う。

そういった地球の中の日本という捉え方であるなら私の好む地球の中の日本は私には存在しない国である。日本の将来が更に重く暗い所に在るのが見えるだけである。

私はアメリカ大使館にこの件について手紙を出した。勿論、アメリカ大使館は返事を出さない方針の様ではあるが、出すだけは出していた。直接にアメリカ連邦政府に出した方が良かったのかも知れない。単独国籍を詠い海外に居て他国の市民権取得で自動消滅する法であるなら其れで綺麗サッパリ切れて全て終わるべきだ。卑怯な法である。
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by nerdy | 2007-02-08 06:32 | 単独国籍
硫黄島からの手紙
制作:2006年、クリント イーストウッド他

観終わっても、インパクトの強い映画ではなかった。しかしアメリカの映画専門家には大変に受けている。アカデミー賞の候補にもなっている。劇場は金曜日の夜であるのにガラ空きで空席が多かったが。

一緒に観に行った夫も印象深い映画と思った1人だ。ショッキングな映画だったとも言う。日本国全体とアメリカ国全体が考える点に大きな違いが在る其の違いが非情にショックだったらしい。硫黄島の戦いで、日本の兵士が生きて帰れないと分かっている希望がない状態に戦うという点がショックな発見であるらしい。アメリカ側から見ると、生きて帰らないと知って戦うという事が異質なものである様で、皆の心に生きて帰るという希望があって戦うものらしい。だからアメリカで日本の神風特攻隊の事が不思議な事の様に報道されるのかも知れない。

日本人の私からみれば、それは日本の文化はアメリカの文化と比較すると住所の書き方にも違いがある様に個人というものが非情に小さく、その方向から同じ目的達成、それは政治思想など言葉に過ぎず経済観念が根にあると私はするが、その目的達成の為に戦時中教育に定められた教育目標が違う洗脳の仕方があり、皆と同じである事に安心する傾向が強いのが日本で、皆と違う事に安心する傾向が強いのがアメリカで、それが日本で大勢の一致を生み易い地盤を作り、その違いがソオいう事を存在せしめた。

また全滅すると分かっていても天皇陛下の為、あるいは国の為、日本国民の為という切り札を利用して国をまとめ、催眠術にかけたかの様に国民を陶酔させる事で生きて帰れないと分かっている戦いも戦わせ、 大本営から援助も出さない既に敗戦している状態に国民は消耗品の様な状態でも無言の業で目的達成が目的になり、しかも臣民に醜態を平気でやらせる。しかも、それが何よりも正しい勇気有る英雄という餌をチラ付かせ、それを遂行した者の状態に涙するという訳の分からない状態をつくる。これは完全に文化の産物であり、正しいか間違っているかといった高度なマインドの次元ではなく後天的に植え付ける感じ方の違いが生んだ事である。私には、それが表れている映画だ。

まさに今のアメリカ政権やイスラム武装集団のリーダーが其の術を使っていると私はする。

感じ方は個人のもので個人の自由で、それは個人がハッピーに成る事で、マインドの方が困難な持ち物だ。だから其れは避けるか、 中にはマインドの追求すら悪とし、感性をヨシとする者まで居る。一緒グタにしている訳だ。そして感性とマインドを入れ替え、感性がマインドかの様になり、マインドが感性かの様になっている。完全なる罠である。その罠に陥るとマインドが生む科学も一緒グタにする。

マインドの未熟さの度合いによっては害になる科学もある。それを全て引っ括めて科学を悪とする者まで出る。 だから私欲が潜むマインド コントロールは、それをしようとしている人を見抜けなくてはならなくなってくる。

The Christian Science Monitorという日刊紙に次の様な短いリヴューが載っていた。
クリスチャン サイエンスという宗教グループが出す新聞であるから宗教新聞という印象があるが宗教とは関係ない単なる世情報道の新聞だ。
しかしリヴューには宗教色が出ている。
「父親たちの星条旗よりも遥かに優れた映画であり、そこにクリント イーストウッドは、敵のヒューマニティーを表現している。」と書いている。ヒューマニティーであるから、人間性、人が持つ属性、慈愛、情、人情といった意味を一括したものと捉える事が出来る。
そんな事は皆同じ人間、最初から当たり前の事だ。しかし、戦争映画の多くが片方に偏って正義の味方と悪といった傾向で進むプロパガンダの映画になる傾向にあるから、それを鵜呑みにする者も出る。味方がまともで、知っていると思い込んでいて実は全く無知な対象の敵をワルとするのは間違っているのは明白であるので、それとは違った見方をした映画を制作した、という事になる。この点は私は大きく評価する。

その後、だから戦争は犯罪行為である、と言いたいのか否かは制作者に聞いてみないと分からない。単に、以前に戦ったシコりが両国間にあるけれども、ヒューマニティーは両国人ともに同じであったのだ、と言っているなら、これからも何回も戦争をしてヒューマニティーは同じだ、と言い続ける事が出来るだけである。良さそうに見えて少しも良くない。

この映画の中で只1つ私に印象深く残った台詞が在る。それは、Do what is right because it is right.だ。硫黄島で負傷して日本兵の捕虜になったアメリカ人が大事に持っていた母親からの手紙文の結びの文章である。それを読む日本兵が、「私の母も同じ事を書いている」と言う。

Do what is right because it is right. これが焦点となって様々な結論を人夫々に出している。
日本兵の間で会話が続く。
「あなたにとって何が正しい事か。」
「天皇陛下の為に戦う事が、あなたの正しい事か。」

難しい問答である。「あなたにとって何が正しい事か」
人によっては熟考して自分の結論を出す人も居れば、それが思い込みである危険を防ぐ為に自己の信仰から得たものを念の為に参照する人も居る。あるいは全面的に宗教に頼る方法を選ぶ人も居る。

「あなたにとって何が正しい事か」は私はもう卒業で、それから「人間が生きるとは何か」と言う問に進むと、私は 何が起ころうと如何なる状況下に置かれようと何を言われようと自己に備わったマインドを自ら使おうと限りなく努める事を生きる事とする。備わっているマインドを使うのが人間の責任でもあるとも思う。

人間も動物であるが人間には優れたマインドが備わっている。マインドは意識とも違う。適当な邦訳が見つからない。叡智、英知、知、理、、、、何が適当か見つからない。その使い方の度合いで今の人間の世の姿がある。人間以外の動物をヨシとする人も居るが、私はソオは思わない。動物界を観察する限りではマインドの度合いは人間が1番優れたものを受けていると見る。何処まで使うか使わないかが問題で、マインドが問題なのではない。

この映画を私は観てよかったと思う。何故か。マインドが完全に感情にコントロールされてしまうという人間が陥りやすい状態を此の映画が明確に表現しているからだ。

アメリカ側の硫黄島を表現した「父親たちの星条旗」は如何に制作されているのか興味が湧いて来た。近くDVDが出る予定なので、借りて観るつもりである。
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by nerdy | 2007-02-08 01:53 | 鑑賞