Nerdyな人が増えて来た喜ばしい日々
by nerdy
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ハンサム君のご紹介
25日のクリスマス パーディーの夜以来、 我が家に今だ残って居候しているのが、このハンサム君。
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飼い主の家族が一週間フロリダに行くのに置いてきぼりの運命になった生後6ヶ月のオス子猫。薄灰色で濃い灰色の斑点や縞があってハンサムなのよね、これが。子猫なのに大きくて、それに大食いで、成猫のメスよりは大きい。場所が変わるから神経症になるのでは? と心配したけれどストレスが無い様で、我が物顔でノサバっている。そして完全なる夜行性。昼頃から夜の10時までは同じ家具の下の同じ隅っこでウトウトとしている。

夜中は一体、何をしているのか全く分からない。朝起きて居間に行くと、クリスマスツリーの飾り付けの一部が床に落ちていて、しかも、其れと遊んでいた形跡がある。それを見せて、「絶対に二度としたら駄目だ」と話しても分かっているのか分かっていないのか効き目なし。私が日本語を使うからか?

名前はD’brickshaw Montgomery Ferguson (デブリカショー モントガマリー ファーガソン)。ヤケに長くて覚えるのに厄介な名前で、しかも本猫は自分の名前を知っているのか疑わしい風あり。ニューヨークのロングアイランド出身のアメリカン フットボールの選手の名前を付けられた猫。私はデブリックと呼ぶ事にしている。

就寝中、寝室のドアーを私は少し開けておく事にしている。
朝、気がつくと布団の上から足もとに乗っかっていて、寝返りする度に足を押さえたり、布団の上から噛み付いたりして遊ぶ。それで私は朝、目が覚める。これが私には楽しみの1つになっている。

ひとつ厄介な事がある。それは猫のトイレ。
「野生動物は、決して自分の食事の場所で用は足さない」と言われるけれど、デブリックは自分の食事の場所で用を足さないかわりに、人間サマの食事の場所のあたりで用を足す事に決めている。
しかも、 自分のトイレを非情に重要扱いする。その気の入れようは大したもの。砂を変えたりしていると傍に座ってジッと監視して、私の入れ方が気に入らないと自分の手でならしている。トイレをバスルームに置いても完全に無視。
家猫は人間のバスルームと共有するのが何処の家猫にとっても常識と思うのは、どうもハズレの様で困ったもの。

しかも輪をかけた様に気まぐもイイとこで、むしろ傑作なほどで、そのうえ更に「水、メシ、寝る」で、飽き性もイイとこで窓から外を眺めているも束の間、気がついたら何処かに移動している、と思ったら何を狩猟しているのか、或は日と影の動きを追っているのか、ハント中、しかも猫なのに「ミャオ」(これは英語式の猫の言い分)を滅多に言わず、「ミャオ」と言ったら自分が開けられない所や家具の中や冷蔵庫の下などに入りたいから早く来て開けろ、と言う意味で、、、、それ以外で時々、夜中にミャオミャオが聞こえて、最後はベッドに登って来てミャオミャオ、でも飽き性の良さが発揮されてスグ諦める。

猫は姿の美しい動物だと思う。それに物静。歩く時も音が全くしないというのも素晴らしい。それなのに動きはスーパーで、しかも無駄が無い。速くする必要が無い時は実にノンビリで「何を慌ててるの?」といった感じで、パッと全力投球する時まで力を蓄えているような感がある。

しばらく私の猫狂いが続きますが、宜しく。
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by nerdy | 2006-12-30 03:49 | デブリカショー
Merry Christmas!



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by nerdy | 2006-12-25 15:55 | ご挨拶
不都合な真実
今年、数少ない映画館で封切られたドキュメンタリー映画、an Inconvenient Truthの ビデオを借りて観た。 元副大統領アル ゴアが行ったセミナーをドキュメンタリー映画にしたもの。
来年早々には世界各国で封切られるようだ。

アル ゴアといえば、2000年の大統領選で勝利が発表されたと同時に「待った」がかかり、フロリダ州で集計のしなおしが行われ、結果、ブッシュが大統領になったというか、大統領の席を盗んだというか、フロリダのジェブ ブッシュの八百長疑惑が持ち上がったりと、旋風が起こる事になった人。

ゴアが大学生時代から環境問題に関心を寄せていて、長い年月をかけて数多くの科学者と共に調査研究に力を入れてきた研究発表のビデオ。

ゴアが常に環境問題を大きな課題としてきた事が、多くの企業人にとっては目の上のたんこぶで、しかも環境問題重視が経済の発展を阻止して国民が貧窮する、という方程式を企業人や政治家が唾を飛ばしながら言っていた。

2006年のアカデミー賞のドキュメンタリー部門でアカデミー賞を受賞するか、しないか、、、あるいは潰されるか、、、、非情に興味深い。
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by nerdy | 2006-12-18 12:22 | 鑑賞
二重国籍
今回、日本に帰省した時に私の国籍に関して聞かれた。
日本の戸籍謄本から私が除籍になって×で消されていないので二重国籍となり、大きな問題に発展する可能性があるというもの。

「今、北朝鮮の拉致問題があるから、2重国籍者は刑務所に行く」
「日本政府に連絡しないと駄目」
と色々と言う。

しかし、連邦政府から法務省には連絡が入っている。法務省が問題視すれば私の所に勧告が来て、その時にドチラかを選択する意思を表明しなくてはならないようだ。
例えば私が自衛隊に入るとすると、日本ではアメリカ国籍が問題になるかも知れないけれど、アメリカでは私が日本の自衛隊に入ったとしてもアメリカ国籍に影響はない。

「アメリカも二重国籍は認めていないでしょ」
と言うけれど、そう白黒付けるものにはなっていない。原則的に二重国籍は認めている。余程、一方の国籍を捨てたい理由があって、それを合衆国が認めなければ延々とアメリカ国籍が続く。税金問題が起こるけれど、それは居住地、非居住地による、という日数等で落ち着く。

日本の国籍法によると、違いがある様だ。

例えば1985年以前は日本は父権に従う国籍法であった。個人的には、1985年以前に京都で生まれた私の長女はアメリカ大使館の管轄下に置かれた。私という母が娘を日本国籍にする選択肢は無かった。一方的に決められてしまう。1985年以降は母親の選択肢も求めているが。
こうなると、これは仮説だけれども長女が日本国籍が欲しい場合、今からでも日本国籍を貰えるのだろうか。この様に法律が変われば立場や状況が変わるというのは、丁度、お金の価値が相場で高くなったり低くなったりするのと同じで、そもそも本当に価値があるものなら変動するものではない。

血でいくのに、何故に他国籍を取得した者は日本国籍を失うという事になるのか。
理屈じゃないの、心なのよ、は日本的と言えば日本的。しかし、この心の解釈自体に欠陥がある、という事もありえる。

「領事館に知らせたの?」

知らせなくては駄目だったのだ。在米日本領事館に国籍喪失届を自ら好んで提出する必要があるのか。自らの意思を表明するには自らの其れこそ心の表明をする事になる。2001年以来、5年も領事館に知らせずに来たから、ひょとして私はもう自動的に日本国籍は無いのか?
日本なら、しかねない。

早速、領事館に行って来た。ここは私は大嫌いな所だけれど。領事館は外務省の管轄だ。こうなると太古の昔の陸軍省、海軍省の間で全く情報交換が無く、相互に何をしているのか全く知らなかった、というのと類似している。

領事館の人が言うには

「強制でなく自分の意思でアメリカ国籍を取った人は日本国籍喪失届を出して日本国籍は無くさないと駄目です」

成る程。

日本は血で行くのをうたっているのに、何故に何千年間も日本人だった人の日本国籍が無くなるの?

仮に私が日本の兵役に付いたとしてもアメリカ国籍は無くならないのよ、と言えば、
「アメリカの事を言っているのでは無く、日本の事を言っているのです」
成る程。こういう国は少ない。

日本国籍を捨てたい意思の正当な理由は全く無いのですが、、、。

「それはアメリカのやり方でしょう」と来る。
お天道様に顔向け出来ない事はしたくない私は、まだ期限有効の日本のパスポートを見せると
「それを使っては駄目ですよ!」
と、分かっている事を言う。
「隠していてもバレるものですよ」だと。
バレるもバレないも、そんな気は毛頭なく、何回も言うようにお天道様に、、、。

日本入国の時や外国に行く時、私はアメリカ パスポートで入るけれど、日本入国の時は必ず、入国管理局の窓口の人は、名前から私を日本人と分かるのか、日本のパスポートは持っていないのですか、と聞く。
持っていると言うと、其れで入れば滞在期間制限はないから何時までも日本に入れますよ、と言う。しかし数年、使った試しは無い。

領事館の人は続ける。
「個人の意思で国籍喪失届を出すものなのです。」

意思で出すものであると言われても、国籍喪失の意思が私に無い。

つまり外務省ではなく、法務省から勧告が来ないのは、入国管理局の人が言う通り、灰色の部分が多分に在るから、という事になる。今、日本でも二重国籍に関して国会で話し合われている様ではある。それが北朝鮮問題が巨大化してしまって、スパイ扱いされても当然といった事を言われるハメになる。

国によって、例えば南朝鮮やフランス、カナダ、イタリアや各ヨーロッパ諸国は二重国籍を認めている。などと言っても日本はソオじゃない。成る程。

日本に行って何時も何事に対しても耳にするのは、「日本はそおじゃない」「日本人はそおじゃない」という事だ。しかも最近、アメリカ市民になった事で、日本人、日本人でない、を決めて人を解釈する。

この日本国籍という問題は、ペルーのフジモリ氏も二重国籍で通用してペルーで大統領にも成っているし、日本に行けば日本国民として通用している。
やはり大統領にならないと駄目?

日本が二重国籍を認めていない、という点を中心に発展する事である。

法務省のサイトを見ると、他国籍を取得して2年以内に選択しないと日本国籍が消滅する場合がある、となっている。どんな場合だろうか。

私は5年経っているが、戸籍は除籍になっていない。という事は将来、何があるか分からないけれど、京都で隠居できる訳だ。そして好きな京都をウロウロして過ごせる。

そもそも私がアメリカ国籍を取得した理由というものは日本国籍が厭なのではない。この辺りでアメリカが二重国籍を認めている現状の重点だ。しかし日本はソオじゃない。他国籍を取得したものは否応なしに日本国民にあらず、となる。

日米間で戦争でもあれば(在る可能性は無いけれど)私だけ家族と離れて日本に逃亡しなくてはならないし、しかもアメリアでも役所の末端の人は知識に乏しいから感情やムードや憶測で話をする事が多いので、私に何か有った場合、処理に家族が大変な目に合うからアメリカ国籍を取得、というのが理由。

スパイだ、拉致だと北朝鮮問題を大掛かりにして、根本的な所で日本は国籍に関して狭義的である。

これは方面を変えてもソオである。日本で生まれた韓国人の友人は、父親が韓国から日本に勉強に来ていた韓国籍の韓国人で、母親は日本人女性で、日本生まれの日本育ちで日本の学校に行きながら外国人に対する法律が適応されていた。

この辺り、日本国籍とは日本の島の中で日本の長い太古からの歴史の中に生きて来た家系を持つという事になる。そもそも其処を重用視する。

現代の日本人の家庭でも、もと何さま、もと何何、何何の人物の筋、とか、江戸時代からの身分制度に固執して社会的差別もあり、近親結婚が多いから血が汚いとか(こうなると、身分制度で高い所の人も其れにしかりで従兄弟同士結婚、伯父と姪の結婚、あるいは同じ家族から何代にも渡って養子を貰って血を保つというのも血が汚い事になる)、あるいは春高楼の花の宴、めぐる杯、陰さして、が根強い。

私は、こういう点に関しては日本が大嫌いである。それ以外は日本国籍を喪失したい届を出す内容は全く無い。

法律というものの落とし穴なのかも知れない。私は法律に疎いけれど、国際法が関与する必要があるように思う。

ようは国籍とは問題視すれば問題であり、問題視しなければ問題でないものの可能性もある。
そもそも国で惨事が有った場合に、二重国籍の人は、国の責任が二つに股がってしまう。これを問題視する事もある。ようは当人が鳥でも哺乳類でもないコウモリの様な扱いになる可能性がある。
とは言っても、例えば2001年の9.11の場合、国籍に関係なくアメリカは動いた。ここでもアメリカじゃないの、日本なの、と言われれば、日本はそうではないのだろうか。それよりも解決しなくてはならないのは、如何なる理由でも非合法で他国に入って市井の人と消え、身分証明が無い人の場合、何か惨事が有った場合に、その人の後を辿るのが困難である事の方だ。

日本に居る人達や、或は外国に出ている日本国である領事館が問題視するなら、日本国籍の喪失届を出してもいいけれど、しかし、自発的に喪失届けを出す、というのは、自発的でないなら強制である。

何故に日本は、二重国籍が大問題なのだろうか。
仮にスパイ問題としても、これは国籍に関係なく、外から送られて来た人以外にも、国内で近づかれた人の中にはスパイに成る人は成るもので、日本国籍、二重国籍、他国籍には関係ない。

フジモリ氏のような境遇になるのが夢である。
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by nerdy | 2006-12-07 03:33 | 単独国籍
天と地
11月下旬といえば関西は紅葉シーズン。
朱や黄金に燃える紅葉に包まれたかったけれど時間が無かったので、次回は実現させたい。
ニューヨークは金色が紅葉の主流だったけれど、もう終わっている。

京都の紅葉シーズンは23日の勤労感謝の日とも重なって、とっくにホテルは満室。
父の納骨に行くつもりになっている傍ら、紅葉の事が脳裏をかすめる、、、でも無言の業、、、言うと、また、極楽トンボと言われるか、あるいはシャーナイのラベルを貼られるという被害妄想が起こる。

納骨の49日は住職の息子の副住職が行った。若い頃、ギターばかり弾いていた住職は脳溢血で入院中でホボ退院の模様。

この住職は歴代の中で始めて妻帯した僧で、息子を二人持った。それまではズッと妻帯なしで弟子入り僧侶続き。禅宗でないから妻帯は許されるのでは、と思うけれど真面目な人はしないのか? 副住職の薬指にも結婚指輪がある。

この副住職は、なかなか大した副住職。本堂でお経をあげた後の説話は、副住職だから控えたのか、如来さんの話をしてくれた。この話があるというのは大いに気に入った。

如来さんと観音さんと不動明王さんの3つの姿があるそうで、如来さんは釈迦が出家した後の姿でアクセサリーが全く無く、観音さんは出家前の釈迦は王子であったので、だからまだアクセサリーが沢山着いていて、不動明王は修行中の人を守る存在なので恐い顔をしていたり剣を片手に持った姿をしているそうだ。

如来さんで1人だけアクセサリーを付けた如来さんが居るそうで、それは大日如来さん。

副住職さんは話の後、祭壇の中を案内してくれた。佛さんは阿彌陀如来像。
私の好きな阿彌陀如来像は奈良の薬師寺ので左に月光、右に日光菩薩が立っている。

この寺のは小さめで、3体とも黒くススこけていて、鼻が欠けている。7世紀半ばにつくられた像で、しかも京都は応仁の乱の戦場にもなり、織田信長が焼き討ちしたり弾圧したり、しかも江戸中期の大火災で今の姿になったそうだ。

京都で鞍馬に向かって通る道で寺町通りと呼ばれる所は、織田信長が弾圧する寺々が一カ所に非難したのでソオ呼ばれるようになったそうだ。嵐が澄んだ後も其処に残った寺もある。
弾圧にあった宗派で他の宗に改宗して弾圧を軽くした寺もあるそうだ。

南無阿彌陀仏の南無が、音を文字にしたもので、ヨガでオームと言われるものや、キリスト教のアーメンも同じ意味らしい。皆、いにしえの奥から響き渡るものなのだった。

オトバに七七と書いてあるのは何故か聞くと、七x七で49日という事で、七日が七週で49。成る程。
いろいろ教えてもらった。

こういうのは冠婚葬祭でしきたりや儀式になっているけれど、教えてもらうと、エネルギー渦巻く次元の思慕が見える。

キリストがコオとだけ祈れといった祈りに「天に有るごとく地にもならせたまえ」という所があるけれど、この天の意味と同じな気がする。

地が天になると、地という肉体が無くなるのでは、という未知の不安が邪魔をする、といった事を思った。

法事の後、食事。姪が送ってくれた写真。
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これはカニが器に入っている。私はアレルギーがあるから従兄弟の膳に移す。エビもそれにしかり。
私が食べたのは前菜と刺身と煮物と焼き物と汁物と栗ごはんと漬け物。どれも美味しかった。焼き物は大きな紅葉の葉が沢山被された大きな1つの器が出て来て、めいめい皿に分けてくれた。なんとなく原始時代の料理法の感がする。京都の味付けは優しくてダジが効いていて、コクがあって深い。砂糖の隠し味があるのは確か。だから私の舌に合うのかも。

母は高齢だし、もうこういう事の準備は無理だから、なにもかも「おねえちゃん」と義兄がしてくれた。「シンドイ のよ〜、でんでん虫は日本に居てしたらどお〜、困った人とはソオ言うのを言って、、、」的、、、。
なんか、アメリカで私はノホホーンと27年もきたと思われている帰来が有って、、、英語が達者だけが必須じゃないんだけどと思うけれど、、、外地で苦労とまでは言わないけれど切り抜けて来た事が沢山あるのに、、でんでん虫は相変わらず楽しそうな顔をしている、とか言って、それで其れと思うのも、思うのだからしょうがない事で、ま、人とは相互に見ただけでは分からないもので、、言う事からも完全に理解出来る訳でもなく、ゴチャゴチャ言うと「ああ言えばコオ、コオ言えばアア」の被害妄想で、ようは相互に感じ取るものであるので、そうなると、ソオなので、、、つまり、南無でゴーンとチーンと木魚のポクポクで目出たく往生、、、。
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by nerdy | 2006-12-02 03:23 | 2006年帰省