Nerdyな人が増えて来た喜ばしい日々
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雨月
今週いっぱい、ずっと私は一人である。週末も一人である。

いつも週末は朝ご飯をウチの人が作ってくれて、「出来たぞ」「座頭市が始まるぞ」と、2−3回呼びにきて、座頭市でやっと私は寝ぼけから覚めて起き出す。その頃には、国際フィルムチャンネルで毎週8時からの日本の古い時代の白黒時代劇が放映されている事になっている。何時も2本だてだ。
ここしばらくは、最初は座頭市シリーズの再々再々再々...放送だ。その後にも一本あるけれど、ちょっと観過ぎになって昼になるので、いつも最初の1本だけになる。

今日は趣きを変えて座頭市は繰り返して観過ぎなので、二本目を観てみる事にした。

溝口健二の白黒映画の「雨月」となっている。1953年製作というから、半世紀前に作られた映画である。

これが驚嘆の感嘆の映画で、感想を書かずに、この感嘆を感嘆としておく事にする。

溝口健二の作品は、2年前にジャパン ソサエティーの場所を借りてアメリカ人で国際映画にハマっている人達主催の溝口監督映画セミナーの映画観賞会があった。そこで私は「祇園の姉妹」観た。その印象は今だ強く残っている。

アメリカで「雨月」を観れたのはラッキーであった。
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by nerdy | 2006-03-26 01:52 | 日記
Happy St. Patric's Day
3月17日金曜日はセント パトリックス デーのお祝いがNY市である。この日は緑色を着て、三つ葉や四葉のクローバーの飾りを身につける。
5番街をバッグ パイプの楽団や馬に乗った警察や学校の楽団がアイルランドの音楽を演奏しながらパレードした後に夜はバーに直行、というのが恒例。
もうパレードを見には行かないけれど、近所にあるアイリッシュ パブは行く事にしている。ここの持ち主の息子がバーテンをしていて独身で、おまけにショーン コネリーを若くしたような顔をしているだけでなく、とてもイイ人だから、若い女性が多く来る、って私が勝手にソオ思っているだけだけれど。
バッグ パイプを吹く人が一人来て、それを演奏した。バッグ パイプは古い楽器だけあって、日本の雅楽の音にも似ている様に思う。
” U 2"のバンドの曲やアイルランドの歌が流れる。
U 2 のBloody Sundayには、ちょっと考えてしまった。1972年に北アイルランドで起きた事件だわ。丸腰でパレードをしている所にイギリスの警察がパラシュートで降りて来て射撃して13人が死んで、その他大勢が怪我をして何人かは其の後に死んだという事件。

私の好きなアイルランドの歌をご紹介。

Danny Boy
When Irish Eyes are Smiling
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by nerdy | 2006-03-19 16:04 | 日記
ひな遊び
うれしいひな祭りは、お正月より好きな人って居ないかなあ。居るよね。
マンハッタンのロックフェラーセンターに出店している和菓子の老舗「源吉兆庵」で、ひなあられとあま酒があったから買って来た。ひなあられに甘納豆が出て来るのを楽しみにしていたけれど、省略されたみたいで、入っていなかった。肝心のものを省略すんなって、って感じだったけど、ウルサい事は言わないで食べた。

あま酒と神の舞は I子の家に持って行って、黒猫チョビを横目に二人で飲んだといっても、I子が 「これ、すごく美味しい。何か味が違う」と連発で手酌で飲んだって感じかな。美味しいお酒でよかった。

これ、ウチの雛壇のつもり。

e0037884_1313174.jpg
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by nerdy | 2006-03-06 01:41 | 日記
フォトショップ
Sumikoさんが、ここのブログに載せたプラシド湖の写真をPhotoshopのソフトでチョコチョコっとして、写真でも例えばこんな感じに変えてみる事が出来る、と紹介してくださった。
私があまりにも「写真は死んだもので感動しない」と信じきっているから、「そんなにトサカに来んと、まったりしいや」かも。
これ、すごく面白いから載せる事にする。photoshopは、アメリカでグラフィック デザインなど出版に使われる事が多いと聞いている。900ドルほどするらしいわ。

これが元々の写真。年末のホリデー シーズンの時に書いて出すカード調かも。e0037884_23501723.jpg
それが、こんな感じにも成る。これ、私、結構好き。e0037884_23504948.jpg
これ、エッチング調。突如、閃光が放って、全てが消滅する寸前、といった感じ。
e0037884_23511269.jpg
このエンチング調の写真にポスターの感じの彩色出来たら面白そう。

普通の写真を変えたい衝動があるのって、かなり視覚に退屈しきっているといった所があるのかもね。
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by nerdy | 2006-03-06 01:01 | 日記
スター ウォーズ エピソード III
スター ウォーズの第一弾 が日本で封切られたのは1970年代であった。それを観てからというものは、新しいエピソードが封切られる度に、直ちに観に行ったものだ。第二弾からはアメリカで観る事になった。

速く次のを作らないと俳優が年をとってしまう、或は、こっちが年をとってしまう、などと20歳代の若さでありながら、そう思ったものだ。

ジョージ ルーカスが書いて製作するスター ウォーズの映画が私は好きである。
しかし、エピソードIIを観ていた時にセカセカした落ち着かない気分になった私は、「スター ウォーズはピークを過ぎて最早面白くない」と決めたので、去年封切られたエピソードIII は、観に行かなかった。つまりダーズベーダーになる前のアナキンの生い立ちに関心が無かったのである。これは俳優の芸による部分が大きい。交わさる会話に児童向けの漫画的なスター ウォーズの特徴が薄く、ダーズベーターに成る前のアナキンと共和国の王女の会話の調子は学校の学芸会そのもので、つまり、俳優の芸が非常にマズかった。

見方を変えれば、宇宙の遥か果てで繰り広げられる冷たい宇宙機械文明の中に芸の下手な生身の人間臭さを見せて比較を観客に問うというのが主旨であるなら目的は達成されたと見れるが、それには無理がある。

IIIも同じ主演俳優である。少しは芸が磨かれた印象は受けたが、まだまだ、日本で言うジャーニーズっぽさがある。最初の第三弾までの俳優は芸が上手い者を揃えていた事を思えば無理もない。そこを寛容な目で観れば、エピソードIII のCDを借りて観たのは当たりであった。つまり、スター ウォーズ世代は次の世代に受け継がれたと思えば、俳優の演技が目について気が散って駄目だ、という情況からは抜けられる。
R2D2の愛嬌あるロボットだけは変わらいのが救いである。

1987年に亡くなったジョセフ キャンプベルの著書「千の顔を持った英雄」を70年代に読んだジョージ ルーカスは6作のスター ウォーズのエピソードを書き始めた。

「私がジョセフ キャンプベルに会っていなかったら、今だ延々とスターウォーズを書き続けていただろう」とルーカスは言ったが、特に完結版のエピソードIIIはジョセフ キャンプベルの思考の集結を取り入れたと見受ける。

マトリックスの映画もジョセフ キャンプベルの影響が大きいが、人間の葛藤や陥りやすい部分や志向の本質は、結局は、この映画の本質と結びつくのでは、と思う。

1987年に亡くなったが、その後に作られたエピソードIII は、ジョセフへの献花にも見える。70年代の第一弾(エピソードIV)からV, VI, I, IIとグルッツと回ってエピソード IIIでスターウォーズは完である。グッド タイミングだ。

もう次のスターウォーズは無いはずだ。30年近くお世話になったシリーズの幕が降りた映画であった。
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by nerdy | 2006-03-02 01:08 | 鑑賞