Nerdyな人が増えて来た喜ばしい日々
by nerdy
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<   2006年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧
ニューヨーク市植物園の温室で蘭祭りが開催すると春が来たとして良さそう。
温室内は暖かい地方の気候にしてあるから余計に外に出たら未だ寒いけれど。

これは蜘蛛という名前の蘭。これ、意外と私は好き。
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可憐さに見とれてしまって名前はチョッと確かめるのを忘れてしまった。
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これは虹という蘭
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この名前も分からないけれど綺麗。
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♪春の小川♪ の唄がぴったり。
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by nerdy | 2006-02-28 03:55 | 日記
カーリング
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冬季オリンピックのトレーニング場があるNY州のレイク プラシドの街のプラシド湖でカーリングをして遊んでいる風景。
Sumikoさんのブログで紹介されているヨーロッパの「雪中の狩人」の絵画を観て、2年前にアドランデック山の帰りに昼食に立ち寄ったレイク プラシッドをデジカメで撮った写真を思い出して、載せました。

ここから、もう少し入って山中の人里離れた所に レイク サラナーグという湖があります。これは私は大好きな湖なんですが。
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サラナーグはNYのビールの銘柄名にも使われている。ここは穴を開けて魚釣りをする人を見かければ人に会った事になって、人というものが居ない湖で、カールングをする人も居ない。この近くにインディアンですら狩猟以外は入った事がない森林深い山がある。何故インディアンですら入らなかったかというと、不可思議な場所だったからだそうです。確かに神秘的な古めかしい大きな樹ばかりが続く。

私は幸せ感で有頂天になる場所なんですが、記録によると、そこでは幻覚を見る人が出るので知られているという事が判明しました。ここは毎年来るけれど、私はココで幻覚を見た事が無い。ただ天候が不安定で、すぐ変わるのが難もの。でも深い森だから、それもしのげるけれど、これだけ樹が深いと何かあって迷子になって寒くなった場合に何処で火を焚くのか。火を焚いて熱気が上がって雪がドサッと落ちて来て濡れたらヤバい。そういう事を私は考える。

ウチの人と二人で行くのですが、去年、ウチの人は幻覚を見たそうな。私が怖がると駄目だと思って内緒にしていたらしいけれど。こういうの、私、好きなのよね。お化け屋敷みたいなのは厭だけど。

変な所に太陽の陽が当る新しい山小屋がある、と思って、別に気にせずに通り過ぎてから振り返って見ると、大樹の間に何もなかったそうな。

それ以来、将来、そこに小さな小屋を立てて私と住んで、春夏秋は作物を植えて、山菜を採集して魚を釣って食料にしてと、ウチの人は目を輝かせて話すんですよね。私は、ちょっとなあ、携帯だって繋がりにくいし、山女か雪女ってタイプじゃないし。
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by nerdy | 2006-02-25 04:25
ハズレ〜、残念でした。
汚らしいポルノサイトを面白可笑しくトラックバックしてくる。私が開けると思っているのなら、残念でした。即、消します。

その汚らしい場所から出て来なさいよ。ダラしない口元や汚らしいニタニタ顔を見てやろうじゃないの。 人間じゃないね。ばい菌にも劣る。

だいたいからしてね、こういう人達は、どんな人達なのか知っている。見当をつけるなんてものじゃない。
こういう人達は、人に真っ赤な他人のものを見せて、それを見てドキッとする顔を見て喜ぶのが趣味なのよ。愚かで同情するね。スケベエという語彙があるが、スケベエを侮辱しているね。

確かに製作の仕方によってはポルノ フィルムは教育に使えるという事はある。それを見て勉強するわけよ。何事も習う事が重要。しかしよ、まるで猿が他の仲間が目前にいようが、何であろうが、気にもならないのと一緒で、つまり、猿から進化していない、という事を言いたい訳だ。ところが、それは間違っている。

ジェレッド ダイアモンド氏の研究によれば、他の動物と違って何故に人間は、1対1で大勢から離れて扉を閉めて二人を好むか。これに係る複雑な生物の進化過程が調査され、この志向が人間を遥かに進化させる要因とする。
しかし、動物の生存に焦点を当てて考察すると、人間は不可思議な選択をする事がある。例えば、メスの鳥が、尾っぽの長いオスの鳥を選択する。尾っぽが長いのは、飛ぶにも餌を得るにも邪魔で、しかも目立つ派手な色の羽は、天敵の目に留まり易い。つまり生存にはマイナスであるのに、この方向に進化して行く。お互いの係り合いによって起こった現象が進化したもの。

しかし、コンピューターの向こうでニタニタ笑って、今まで全く進化しないままで来た原人の生き残りさんよ、一目で消される運命と諦める事ですね。

渡辺純一郎の「男と女」の著書で最後の章を次の文節で結んでいる。

自然科学がこれだけすすんでいるのに、男と女は相変わらず、好きだ嫌いだと、つまらぬ痴話喧嘩を繰り返している、といって嘆く人がいる。
しかしだから人間なのであって、そういうところがなくなったら、単なるロボットかコンピューターになってしまう。
所詮、男女の愛は体験と実態でしか知りえない1代かぎりの知恵で、それ故に千年前もいまも変わらず、これからも大きく変わることはないだろう。

知恵なのよ。知恵。その違いの結果は大きい。分かったんなら、とっとと失せる事ですね。塩を撒こう。
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by nerdy | 2006-02-24 00:33 | うっぷん
SUDOKU
日本びいきのリタイア おじいちゃんが同じビルに住んでいる。
会う度に、おじいちゃんは、どんなに急いでいる風の時でも私に「こんにちは」と声をかけて、話しをする。
朝鮮戦争の時に日本にも滞在したそうで、かなり昔の日本だけれど懐かしそうに話しをする。
私、この、おじいちゃん、好きなのよね。
今日は「SUDOKU」に凝っている話しを始めた。

SUDOKUじゃなくて「数読」で「数」は何で「読」は何でと、私は私で講釈するハメなる。あっちにしてみれば数が何であろうが読が何であろうが興味ないとは思うけれど、何で私はニコニコと優雅に笑みを浮かべて美しく会話が出来ないのか。 SUDOKU, SUDOKU と音が気になって仕様がない。

ここ3−4ヶ月の間に大流行りで、新聞、雑誌もクロスワード パズルは陽の目を見ない傾向。実は私も、この「SUDOKU」に凝っている。中毒だね。読書どころの騒ぎではない。

だけど「SUDOKU」の語彙は入らない。ひらがなじゃ文章にする時に問題あるとしたら、英語にするとしたらSOODOKが近そうな気がするけれど、中華料理みたいか。やはりSUDOKUしかないかなあ。 なんか気に入らないけれど、もう諦めようか。流行り過ぎで、イチイチ気にして数読で、なんてやっていたら疲れてしょうがない。
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by nerdy | 2006-02-21 03:36 | うっぷん
窓ガラスの修繕屋さん
割れた窓ガラスの修繕屋さんがイラクで商売繁盛で手が回らないんだってね。
「今日は1メートル四方のガラス一枚に3x4のガラス2枚お願いします。今のところ、それだけです。夜までには直して下さいよ。寒くてブルブル震えながら夜を越すのは困るし。あっ、そうだ。明日があるから、二組づつお願いしとこかな」
「毎度。すぐ参ります。」
って感じらしい。

不謹慎だけど、この記事クリスチャン サイエンス モニターを読んで、お腹を抱えて笑い転げてしまった。脇腹は痛いわ涙は出るわ。

可笑しくないかなあ。私、変態かなあ。其れはないはず。

この窓ガラス修繕屋さんは、「同朋を助けるのが肝心で、商売繁盛は繁盛だけど、勿論、窓ガラスが毎日、割れない時が来て欲しい」という事も加えている。
同朋意識に頼って、時が来て欲しいと思うしか無いんだろうね。これはガラス窓修繕屋さんの葛藤だね。罪悪感もあるかもね。

内国の民族や宗派の違いの闘争も大きいけれど、なんか、責任感じちゃうよね。
私の笑いがピタリと止まった。さんざんゲラゲラ笑った後に、無言の思いが沈殿物として沈殿する。沈殿物があると、その正体を暴かないと精神健康上、よくないばかりか、軌道が狂う。

そこで私の沈殿物の正体を暴くと

100匹目の猿現象というのが有るけれど、それは双方にある事で、それと同時に、双方内で起こる猿現象を抹殺しあう力も双方に内臓しているのであって、先ずは全てを受け入れる必要がある事で、白だ黒だというシロものでは無い。単極の狂気に陶酔したいなら別の問題だけど。
この両極性が有るからこそ、各単極が大きくなるのであって、両極が同じ高さになった時に磁石の異極が引き合う様に何時か湾曲して頂点で結びつく。とてつもなく長い時間を要する、こういう絵が沈殿物であった。これが今のとこ、私の理想だけれど、理想は理想で、じゃ、最初の一歩は、となると、まず私の周辺固めから始める。大は小をかねると言うけれど、そうとも限らない。
数学の幾何で二つの円が少し重なった部分が楕円形になるけれど、そんな感じ。私はセッセと私の円に磨きをかける事にする。
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by nerdy | 2006-02-21 02:49 | うっぷん
アルプスに住む獣の掟
冬季オリンピックのスキー場にもなっているアルプスの山々が雪を被っている景色は綺麗だ。生きるって素晴らしいという歓喜の幸せ感がこみ上げて来る。

一度、ミラノの飛行場から遠くに空狭しとそびえ、横にも延々と続いているアルプスと、飛行機のアルプス越えで窓から観たけれど、本当にゴクンという息を飲む音がした。胸の体温が上がる感。あんな所がこの世にあるとは、地球は流石の場所だ。

この巨大な様の中に住む動物の姿をディスカバリー チャンネルで放映していた。
そこにあるのは雪崩や雪嵐や青空が広がる晴日や長い冬と短い夏。そこに鷹やカラスやフクロウや狼やヤギ類や狐や野ネズミやウサギや、色々な獣や鳥が最近になって生息する様になった。それまでは遠い昔に生き物は全滅状態になって、それ以来、生き物が住まない場所であったそうだ。

遠い昔の最後の氷河期が後退した時に、まず動物が戻って来て、その後について人間が戻って来たけれど、その頃の人間は、群れを組む狼を狩猟の助手に使って上手く共存して狩りをしていたそうだ。しかし人間が獣の家畜化を始めると、狼は家畜を襲って食べるので、今度は狼を殺す事にしたそうだ。それ以来、狼に対する誤った理解が広まり、童話にもなり、それが信じられ、狼の毛皮が次々に吊るされる様になって、遂に全滅、それ以来、人間が様々な動物を狩猟する様になり、他の動物もアルプスから全滅となったそうだ。

そこへ学者や学生が狼や他の動物を野生に放って、それが増えて、今では沢山の生き物が住む地となった。成る程、道理が通っている。酷寒のアルプスにテントを貼って時間をかけて動物を追って生態を調べて、映像におさめる方も楽な仕事じゃなさそうだ。たまには獣を狩って料理して食べたりするのかなあ。どうだろう。

ヤギ類は気候が比較的穏やかな季節は山裾に居るのだけれど、冬が来るのを感じ取ると、アルプスの頂上近くに移動する。山裾では風が弱いので雪が高く積もるから、雪を掘って地肌の植物を食べる事が出来ないので餓死するから、強風が吹く頂上なら風が雪を吹き飛ばす為に雪の積もり方が低いので、餌の入手が容易である。成る程ね。他の動物もそうで、そうなると狼も鷹もカラスも頂上へ移動する。頂上は過酷な気象情況なのに餌が入手出来るという訳だ。厳しいわ。

ただでさえ大変な情況下なのに、牡ヤギは群れのボスになる為に他の牡に挑戦して角で戦い、ある時はアルペン スキーの様な急傾斜や尾根を猛スピードで追いかけ回し合い、最後はどちらかが崖から落ちて死ぬ。厳しい世の中だ。

狼は、と云えば、ボスになったオスが牛耳る群れで、アルファ フィーメール1匹だけが子供を生む事が出来る。こんな過酷の中で餌をあげる子供が沢山いては大変である、という生存本能が長い年月で構築された生き方なのだろうね。狩りの前に群れで遠吠えをする。「エイ、エイ、オー」みたいなものなのか。この狼も吹雪や雪崩で死ぬ事もあって、吹雪が晴れて仲間の一匹が雪に埋もれかけて死んでいるのを見つけたら、傍によって囲んで急な変化に直面した風をしている。生まれて間もない赤ちゃん狼も映っていたけれど、あれ、完全に犬の子。

鷹は、というと、鷹とカラスは仲が悪いのは有名だし、悠々と風に乗っている鷹に何でカラスが群れをなして上空で鷹に体当たりするのだろうか、と私は不思議に思っていたが、謎が解明した。

雪崩などで死んだ獣を先ず見つけるのはカラスで、カラスが獲物を食べていると、決まって鷹が来て横取りする事になる。カラスは鷹が地面に近づいてくると餌を諦めて逃げ去る。成る程、だからだ。

生活環境が厳しい自然に生きる獣は、のんびりと私の様にテレビを観てゴチャゴチャ想いを巡らす暇もないし、こうなると、長い年月をかけて苦境から生存する生き方が血や肉になる獣の掟。生存方法の方向性は、獣の方が長けていそうだ。

スーパーもないし、暖房や火もないし、保育園もないし、教える学校や宗教団体もない。病院や医者も無いから、下手に意味なく不可思議な物を襲うのは生存に係るからしないし、出来たら逃げのテだろうと想像する。追い込まれたら別の話しだろうけれど。

熊はアルプスに生息するのかなあ。放たなかったのかな。黒熊は、まだマシそうだけれど、あの大きな茶色いグリズリー ベアーという、あの熊は、あれは人間の判断じゃ検討がつきにくい動物らしい。野生は気難しいらしく、あっちから積極的に攻撃をかける事に決めたりするらしい。人肉も食べるそうだ。

アルプスに熊は居ないのかもね。冬が殆どだし、それじゃ、冬眠ばかりしていなくては駄目だし、アルプスは生態に合っていないのかもね。
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by nerdy | 2006-02-16 03:20 | 鑑賞
ネオナチと風刺でお忙しいEU
ウラがある風刺漫画で大変な事になっている。
なんでもモマメッドのターバンが点火した爆弾だったって? 遥か昔に死んだモハメッドを墓から引きづり出して、渡りをつけようって、能が無いね全くもって。コレがオサマ ビン ラデンを風刺した漫画ならお笑いでゲラゲラ笑えるけど。

表現の自由がドオの、ジャーナリズムがコオの、言論の自由の人権問題がソオの、宗教の違いへの配慮がアアのと問題視されているみたいだけれど、デンデン虫には関係のない事で、今のEU内の問題を自ら暴露したって感じ。

ようは、今のデンマークは超右翼政府だし、ついでに少子化現象がヒドく、ましてデンマーク系EU 人は皿洗いや便所掃除はしないから、イスラム諸国から入って来た多量の人やイスラム系EU人を労働力に使えるからシメシメだけど、でも彼奴等、デーッ嫌いって感じなんじゃないの? デンマークEU人民族主義の台頭だあって感じで。

それもデンマークだけだったものを、今頃になって他の地域のEUが新聞に載せて、それを個人の表現の自由という言葉を借りてきて、一体全体、どう関係あんの? 騙されるデンデン虫じゃないね。

超右翼政府のデンマーク主導陣に抱き込まれて金儲けする新聞社のあさましさ。

それに、報道って、そこから生まれる何等かの価値というものがあるものが報道という言葉を受ける価値がある。欲求不満をぶつけただけみたいな、超右翼のデンマーク民族主義を台頭させようとするのが見え見えみたいなのはプロパガンダと云うのと違うの? それを他のEUの新聞社が「そうだ、そうだ」で伝染して、なんかヨーロッパ全体の本性が丸出しになったって感じ。 趣味の悪いユーモアというのが有るが、それよりも程度が低い。

趣味の悪いユーモアや個人に向けられた批判でも、可笑しくてお腹を抱えて笑うという事がある。しかし、今回のは底意地が悪いを通り越してタチが悪い。EUは、外国為替の扱いが楽になった位のもので、やっぱり、あそこは駄目だ。
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by nerdy | 2006-02-11 14:01 | うっぷん
2005年アカデミー賞候補作品
2005年アカデミー賞候補のリストが発表された。今年は深刻な映画が多い。
日本の映画が2本入っている。
1つは宮崎アニメで、もう1つは広島原爆のドキュメンタリー。

候補作品リストの中で私が観た映画は
Good Night, and Good Luck
The Constant Gardner
Memoirs of Geisha
War of the Worlds
だけ。

あまり映画館に行っていないわ。

もしアカデミー賞関連者達がネットで一般人からの投票を募ったとしたら(募らないけれど)、私が選ぶベスト ピクチャー賞はGood Night, and Good Luckだ。フォトグラフィー賞もコレに投票する。白黒映画にしている点が画面の奥行きや陰を綺麗に出している。音楽もピアノとサックスの二重奏で、これまたイイ。ワーナーブロのインディペンデント映画だ。

時代は1953年、場所はアメリカ。 今だジャーナリズムの神様と言われているEdward R. Murrowの実話を2005年に映画化したもの。白黒映画で、しかも古い時代の雰囲気を充分に出している。事の内容も今のテレビ ジャーナリズムを考えたら50年経過した今でもピッタリコン。

マンハッタンのダウンタウンの写真映像スタジオが有る辺りの小さな映画館で上映され、派手じゃないし、怪物や武器が出て来る訳でもないけれど、味わえば味わう程に味がある映画。

別にエドワード マロー役を演ずる主役のDavid Strathairnが魅力的でセクシーだから、この映画がイイという訳ではない。

だけど、この人、実に魅力的でセクシー。ベスト男優賞の候補に上がっている。テレビ放映で喋る以外には、それほど台詞がある訳ではないけれど、画面に何時も出て演技をしていなくてはいけないというのも難しいんじゃないかなあ、と思う。

助演女優賞にPatricia Clarksonは入っていないけれど、この人、演技も上手だし、それにスゴい美人。

The Constant Gardnerの映画は良かったけれど、話しの内容にしては裏付ける事実の録画部分が無い。これが惜しい点だ。観る側にとっては力強さに欠ける。個人の頭の中で作り上げられた事、あるいは現実に対して個人的に解釈をして、それが感情、或はエモーションとなって話しを書いて映画化したと思われたら、それでオシマイになってしまう。

Memoirs of Geishaは、ちょっとなあってとこ。
War of the Worldsは本だけにして観なければよかった映画だった。
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by nerdy | 2006-02-03 10:24 | 鑑賞