Nerdyな人が増えて来た喜ばしい日々
by nerdy
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カテゴリ:うっぷん( 19 )
オバマとバイデン 対 マッケインとペリン
11月4日大統領選挙を間近に控えて選挙戦の醜悪化が行き着く所を知らない今日このごろ。
マッケインとペリンが目下集中しているのは、オバマに対する疑惑を国民に植え付ける戦略にあると見る。紳士的でない度合いがオバマとバイデンと比較して非情に低い。
しかし何事もそうだけれど国民心理が事を左右する部分が大きい。

討論は聴くし明日の火曜日も第二回目の討論があるから聴く予定ではあるけれども、マッケインとペリンの言っている事は醜いだけでなくウソの連発であり誠実さに欠ける。しかも70年代から建設が凍結されている原子力発電所を45カ所だったか43カ所だったか建設すると言う。しかも原子力は温暖現象に良い影響を及すと言う。

今度は原子力で所有権の確保。太陽熱エネルギーや風力エネルギーの資源であるフリー エネルギー、太陽や風は如何に独占できるのか。機器や部品では20世紀の石油狂気の大資本の集中は望めない。

そもそも石油資源にしたって石油は地球人皆に平等に配布されるものであり埋蔵国のものでもなければ、個人が所有するものではないと私はするけれども、個人所有の観念が20世紀と21世紀の戦争を起こしたと言える。

大統領選は民主党と共和党の激戦に見えるけれども民主党 共和党の違いは1%にも満たず、99%以上は夫々の代表を押す背後の激戦である。

第二次世界大戦後の冷戦状態以後、プレゼント デンジャーが頭をもたげる中、70年代以降は三極委員会組かデンジャー組かの激戦だ。

オバマ/バイデンはロッックフェラーやケネディーやクリントンやカーター、日本ならソニーの会長や三菱や日本銀行の人といった人達で構成される三極委員会が背後、マッケイン/ペリンはレーガンやブッシュといったプレゼント デンジャーやネオコンが背後、ユダヤ色が非情に強い。これで其の陣営の国内、国外に対する信念がハッキリと違って来る。

共和党副大統領候補ペリンに付いて回っているのがプレゼント デンジャーの議長であり民主党であるジョー リーバマン。熱心なユダヤ教徒であるそうだけれどもイスラエル国崇拝者でもある。「小さな政府」をかざして南部の人達を雲に巻いて票を獲得しようとしている。

しかしデンジャー塊であるブッシュ/チエーニー陣営ほど、アメリカの信条と違うリーダーの国を襲い、そこの国民だけでなくアメリカ国民などを数のウチにすら入れず、戦争によって大企業や少数の個人大資本家の富集中を優先して極少数の支配層と大勢の被支配層を作って其れを断固守る為のウソ八百であり、それによって国民をコントロールしてアメリカ国内を保つという経済観念の政府は史上始まって以来の巨大さである。これは外交にも同じ信条で行う。彼らの言うデンジャー、危険、とは其れである。

「アメリカは山頂に光り輝く世界の存在である」とレーガンが言ったけれども、内容がある実態のように思わせて儚い夢を南部や中西部の人達に抱かせる。騙される方にも責任があるけれども 狡猾さの度合いの違いである。

11月の投票日に、この陣営と生き写しの共和党候補を選ぶ人達は、ブッシュ陣営に自分に無い姿を委ねて夢を見ている、あるいは自分が支配層に属していると勘違いしているのではないかと思わせるフシがある。しかしブッシュ政権の悪さの御陰で国民は多少は賢くなった。

かといって三極委員会が必ずしも完璧では無い。しかし共産主義国家を望むのでは無い限りは三極委員会を私は選ぶ。ネオコン政府がした様な、9.11に係ったサウジやアフガニスタンに目もくれず石油が国営であるイラクを武力で攻撃して石油を英米がコントロールする、といった強行な考え方は無い。
三極委員会にあるのはPROJECTION OF POWER 力の投影という布石があるのでNATOや沖縄や南朝鮮やアジア各地の基地が強固になる可能性はある。

力の投影を目的にした布石という位置付けで鎮静が続くというのは完璧な在り方ではないし、そうしないと成り立たない世界地図そのものが間違っているのだけれども、それを言っても絵に描いた餅で、まず今の世界地図と人間の集合体の本質に対処するにはドチラがましか、という選択になる。

基地の為に犠牲になる住民や兵士の不謹慎な行動などから住民の反米感情が高まる大きなマイナス面もある。プラス面は取引で詠われている通り、アジアやEUの製品をアメリカ市場に自由に入れる事だ。それで経済が健康に保つとする。

その地から基地を撤退する時は、其の地からの製品はアメリカ市場からも撤退となり、アメリカは国内で物を作る時代に戻る事になる。

私の夢物語は、非情な危険を伴うけれどもアメリカは世界中に配置する兵力を全て撤退し、付き合うのはカナダと中南米にし、撤退してきた多くの兵士は国内工業農業に其の手を使い、国内に目を向けて、しばらく鎖国状態にする事、アメリカが世界の警察、世界のリーダーであろうとする事を止める事である。

アメリカが鎖国をしたら世界地図のあちこちで戦火と虐待と民族間闘争の殺し合いが今以上のスケールで始まり、まず一週間でイスラエルの国が無くなり、それに次いでドンドンと国が消えて行き、今の世界地図は変る可能性も無いとは言えない。

私は人間の集合で構成する社会を高く評価しないので三極委員会を妥当とする。
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by nerdy | 2008-10-07 07:56 | うっぷん
何が何だか訳が分からないメール
あっぱれなポリーニ ファンの方の鶏共和国の事を書いた私のブログ投稿にマイナスのエネルギーが強いメールを頂戴した。だから其の私のブログ投稿を かなり割愛しました。

私の電子メールアドレスをご存知というのも薄気味悪い。

誤解を生むブログを書いた私に非が有るけれどもポリーニに手紙を書いた事も自宅あたりをウロウロした事も無い私にコンコンと説教や将来への忠告の文字が続く。私にはマエストロに書面する言葉は一句も無いのだけれども。愛想が無いというのではなく、私にはマエストロに直接言う言葉が浮かばない。

単に私は、どんな時もピアノを弾くのが好きであり、ポリーニのピアノ演奏は何回聴いても感動する大のポリーニ好きであるというだけの事。師を持たなくなって長い年月、音符になって表現されていく曲の流れを如何にフレーズして解釈していくか私は困難を覚える。そんな時、マエストロ ポリーニは大きな助けになるから聴く。

例えば「まいにちあついです」なのを、「ま  いちにち  ア  ついです」と話すと別の意味になり、それを 「まいにちあついです」と知るというのに似ている。

更に、自分が弾いている音を聴いていると どの音も主音の様に聴こえてくる時というのがあるはず。あぶり出しの様に浮かび上がって来る音というのが潜んでいるのを知りたい興味を持ち出す。其れを如何にして感知するか。それは、コレだと個人で思うピアニストの演奏を聴く事にある。勿論、それは ほんの一部で、何も考えないで ただ聴くという方が大きいけれど。

手紙を出す、家の周りをウロウロするのもいいし、ソオしたい人の気持は分かる。しかし私は仮に住所を知ったとしても手紙を出さないのは確か。

幸運にもマエストロの近所に住んでいたとしたら散歩にかこつけてマエストロが弾くピアノを耳にしに歩くのが日課になりそうではあるけれど。

メールをくれた人は私がポリーニを愛するという事を如何に解釈しているのかしら、、と興味を抱くけれども時間の無駄だから忘れる事にする。

そして今秋10月26日(日)午後3時、カーネギーホールのポリーニ リサイタルを待ち望むのみ。非情に満足な席のチケットも手に入ったし。

問題は10月20日(月)午後8時、ボストン シンフォニーとの協奏がある日のを入手していない。次の日に差し障る事が気になるというのが原因。

ポリーニが弾くカーシュナーのピアノ ソロ曲 “The Forbidden”が聴ける日はソオは無い可能性が高いけれど、、、CDを出してくれるかなあ。
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by nerdy | 2008-09-07 11:29 | うっぷん
花冷えで風邪ひきました
ごんふくさんから「花冷え」という綺麗な言葉を教えてもらって
「なんと素晴らしい言葉」と思っている私は先週金曜日から風邪ひきです。週末は徹底して寝ていましたが、微熱99.9°F (7℃ちょっと)が今日の火曜日になっても延々と99円ショップ風の数字が下がらないので今日も仕事を休む事にした。

冬に風邪をひかないで「花冷え」の頃になると私は風邪をひいて呼吸器系に問題が起こる傾向のようです。

友人に電話して話しをしていて友人は
「風邪をひいている時は今までの毒素が体から出て浄化されている時なのだ」と言う。これ明解。風邪中って神経分裂症の様な形態で様々な事を考える。
インターネットでは陰謀系の「阿修羅」のサイトやニューエージのサイトやスピリチャルな方面のサイトが読みたくなる。

寝たり起きたりしていると夜は目が冴える。だから深夜まで起きていてテレビで白黒の無声映画 1919年第一次大戦中の作品“J’ACCUSE”を偶然かのように観た。
実に内容の濃い深い映画。

年表を基にすると古い時代のものとなるけれど、この映画を観て、芸術をつくる人間に新旧という時間の区別など無く、便宜上で作品を分けるだけで内容と関係ない事を再確認した。

普段、インンターネットも見る時間が無きに等しいので インターネット巡りもした。すると、私は体の調子が悪い時は普段は神経に触らない事が非情に神経過敏になる。音階の平均率の事を書いた日本のサイト巡りをしていて「十二音技法は もう新しくない。新しい次は何か」と書いているのに出くわした時は最悪。
十二音技法でいろいろな音階をこれはコオ、あれはコオと教えているのもある。それが出来るという事は音楽の専門家か作曲家で、しかも自分自身で楽譜を研究して楽器演奏する人であるのは間違いない。だから私は余計に頭に来る。こういう先生方は最悪である。
単に書き物にして学術化させるというなら、内容が不完全である。

その全てが少しも珍しくもない音階。バロック音楽にも、ベートーベンにもショパンの上降、下降の細かいスケールにも有る。琴の13音にも近い。
厳しい規則下に作曲された曲の中でスケールの音の並びや和音にシャープやフラットを外したり付けたりして作曲者の思いを表現して楽譜のアチコチに表している。そういう所に頻繁に見られる。

何しろ気分が優れないので 私は悪酔いした時のからみ酒のようになる。何をもって「もう新しくない」とか「古い」とか言うのだろうか。そもそも20世紀の音楽の大半が今までに無かったものであるかの様に十二音技法と呼んで新しいと騒ぎ立てた事からして狂っている。

こういう少しも新しくない事を新しがり、今と変らない音楽の最盛期に生きた人達が作曲した、時間を越えた音楽を古典音楽クラシックと呼ぶ。何か新しいとする事が新しいだけの事なのではないか。頭がドオかしている人達である。

更にヒドいのになると、クラシック音楽は貴族や王族に雇われて作曲した、と間違ったデマを吹聴する者までいる。単なるムードしか見えない人で何も曲の背景も状況も知らない者であるのは明白。ようは偉大な音楽家を卑屈な奴隷心で作曲したとしか解釈できなくて、しかも自分の状況を言っている可能性が高い。

なんか頭が熱くて気分がイライラ。
私は熱冷ましの薬でも飲んで明日は仕事に行く方がよさそう。
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by nerdy | 2008-04-30 02:40 | うっぷん
文明の日
もしニューヨーク市に来る時は、男性の方は普通は歩き易い靴を履いているから問題はないですが、女性の方はハイヒールはバッグなどにしのばせて、歩き易い履物で其の日を開始させる事をお勧めします、というのが特に観光客向けの案内書に書くのが良策。。。。

いつなん時、何があるか分からない、というのもニューヨーク市の特色で、、、、ニューヨーク市で何かあると、必ず歩きが伴うから、、、主要道路は長い車の駐車場みたいなものになるので乗り物を利用するのは時間を考えると必ずしも良策じゃないし、、、。

早朝に雷雨の大雨で地下鉄が洪水になって早朝から全部運転中止、一日中、地下鉄はマヒ状態、そこで如何にして目的地に行くか、、、で、なんとか行って、、、帰る時の事は其の時に考える、、、これが大体のニューヨーカーの特色と言っても間違いではない。

私の統計によると、大雨が原因で少々の遅れはあっても地下鉄が1日中マヒで大勢の人が朝と夕方にウロウロウロウロというのは何年か前に午後、急にブラックアウトで其の回復が何日かかかり、皆、延々と歩いて帰宅したり、開放してくれたビル内で夜を明かす、というのはあっても其れは停電が原因で雨ではなく、雨が原因というのは長年、地下鉄に乗っているけれど記憶にない。しかし今夏はちょっと変。

地下鉄への出入り口の構造が変った訳でもなく、大雨も今まで降っていた訳だし、、、夏の電気消費量増大の心配から又また大停電になる予防策に使っているのではないかと猜疑心の強い私は思ってしまいますね、ったくもって、、、

しかし、たかが地下鉄が1日マヒしたぐらいで個人に大きな影響が出るというのは、、、、互いに利用しあって存在するもの、それが文明というものなのだあ、ゴタゴタと美しき綺麗事など聞いてられるかあ、もうヤケ、慢性閉所恐怖症が再発した日でした。
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by nerdy | 2007-08-09 09:38 | うっぷん
薬公害
思い立ったが百年目のように急に自殺したり、アッという間に自分の子を殺害して自分も自殺したり、アメリカのバージニア テックの外国人学生が大学内で銃を乱射して多くの学生を道連れに自分も自殺し、、、といった似た様な事が起こる確率が最近、高くなってきた。

この全ての事件に共通する事は抗鬱剤服用の副作用、これに対処しないのは臨床実験の結果が副作用は非情にマイナーという事で、しかし其の臨床実験の信憑性を疑う人がいて、、臨床実験の人体実験は重病患者でなく比較的健康体の人を使った統計で、その狭間に薬会社の企業方針に収益増加があり、それと医者が結びつき、政治家が係わり、、、企業が利益気違いになる一面に、株式市場の責任が問われ、企業が毎年の収益計上でプラスにならないと株価は低迷で、市場調査をする人の経済論に基づく知識資料を参考にし、競る人は競馬馬のように一日中競る結果の職業病で精神安定剤を服用し、ドンドンドンドン薬が売れて、毎年、前年より収益が必ずプラスである事が取締役会の最大の課題で、もっと幅を持たせる為に奥の手で多数の首切りをして数字を上げ、首切りにあった人がゾロゾロゾロゾロ街を歩き回って、生計の心配から不眠症になって精神安定剤を処方されて服用し、副作用が出始めて暴力的になったり殺人したり自殺したりしてするニュースが氾濫して、物騒な世の中になったものだ、で親が子供を金縛りになるほどコントロールして、家庭内で親子喧嘩が絶えず、親は「此の子は心療内科のお世話に成る必要がある」で心療内科に連れていって抗鬱剤を処方されて服用して、学校で級友の首を切断し始めて、、このグルグル旋回が渦巻いてドミノ現象が起こって益々、殺人事件、自殺が増えて、この犯人は誰だ、と犯人探しをする刑事が居て、その刑事と気の合う正義の味方は月光仮面で、投薬を出来る限り避ける心療内科治療に勤しんで明るい結果を出している赤ひげ先生が活躍し始めて、、、、という推理小説が出版された夢を見た。
ところで マイケル ムーアが、華氏911に次ぐ映画を制作したとか、、ところが封切りに待ったがかかり、海外で封切る可能性があるとか。なんでも製薬会社がターゲットの内容らしい。
アメリカで封切られますように。2008年前は不可能そう?
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by nerdy | 2007-06-01 02:23 | うっぷん
ポルノサイトも芸が必要
何が何だか分からないけれど、「良いサイト」「消すなあ」とガンガン毎日のように送って来る英語ブログサイト紹介がある。 英語の語順も故意に変えて英文を綴っている。そんな事に苦労するよりもエスペランド語かラテン語かサンスクリットか漢文かで書いたら如何がなものだろうか、、、と書いても別に日本語が読めるはずないし。だからといって、ワザワザ英語で書いてあげる必要もなさそう。

御陰で私は其の投稿を次から次へとドンドン消す為に、ほぼ毎日、真面目に自分のサイトにアクセスする事が出来る。

しかし、こうも私とよく似た、別に体制に影響のない事ばかりをツラツラ書くサイトも有ったものだと感心する。その点は別状ないのですが問題は相手はセックスをズバリと材料にしている点にある。言わせてもらえば其所に芸が無いからドンドン消す。別に三島由紀夫の「雛の宿」や「鍵のかかる部屋」の様に書いてよと圧力をかけるつもりは無いですが、英語訳の源氏物語も本屋にあるのだし、浮世絵の展覧会に行けば、壁には掲げられていないけれども春画集の本を普通は置いてあるのだから其れを少しは研究して芸を磨けば、と親切心が出ますね。

もう即、消す。面倒な話しよ。
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by nerdy | 2007-05-05 03:33 | うっぷん
アアでもない、コオでもない
11月といえば、こっちは狩猟シーズン。12月半ばまで続く。
最初の2週間ほどは弓だけで、今はライフル。
この弓は日本の弓道の弓とは全然違って、まさに武器でハイテクの弓と矢。それもスチール製の小型。見るからに恐ろしく見える。
11月半ばから1ヶ月間は良い季節だけれど、知らない所はウロウロしない事にしている。あわて者が居たらヒトを獲物に間違う可能性があるし。

遥か昔に狼やクーガー退治をし過ぎて今は少なくなっているから鹿と熊が増えすぎてエコーシステムが狂っているのは確か。

熊は、、と言っても苦手でない人も居るし、、、といっても熊は鮭ばかり食べている訳じゃくてヒトをも襲って食べる。しかし熊に鹿を襲う速さは無い。ノロい人間を襲った方が賢いと言えば賢い。

鹿は、鹿が目を細めて美味しそうに草や葉っぱを食べていたり、水を飲みに来ていたら、狩人は射て、それを肉屋に持っていってステーキやミンチにしてもらって食べる人が居る。チーターやライオンが鹿を捕まえてムシャムシャ食べるのと同じで、私は別に悪い事とは思っていない。しかもソオは簡単に射れるものでもなく、それに沢山の獲物を山の中から長距離を運ぶのは重すぎる。

個人的には私は、この世の終わりが来て食料を買うお金もなくて、お店に行けば食べ物があるといった状態でなくなれば、ニューヨーク市でウロウロするリスや鳩を捕まえて食料しない保障はない。あるいは山に迷って出られなくて飢えに飢え、火種もなければ如何にするか?

夕方の散歩に出た時に、「何かない? ん?」といった感じでリスや鳩が寄ってくると腹が立ってくる。機嫌が悪い時は脅かす事にしている。人間様の面目は全くない。スーパーやお店があるし、それにマダ御陰さまで飢えていないから手出しはしないけれど、それでイイ気になって人の歩く前をノウノウと歩く、となる。
投石で射止められそうな様子をしている。

あの鹿を見てご覧、あの鹿を。あんなに可愛い動物が射られて、鳩やリスは大道を好きにのさばっている。しまいには、一匹のリスがウチの窓に備え付けてあるエアコンの下の隙間にはめてある太い木材を歯でガリガリやって穴をあけて冬の住処に備えている。といっても、あの愛嬌のある目を見れば、居候させてやる、という気になるから、これまた癪。

しかし鹿。あの動物は私は好きだ。コッチが一所にジッとして動物の出現を待っていない限り、つまりコッチが動き回っている限りは、野生動物はコッチが気づく前にアッチが先にコッチに気づいて様子を伺っている。しかも、こんな事を言うと性差別だあ、と言う人も居るだろうけれど、オスよりメスの方が人とのコンタクトを持つ。そう私は決め込んでいる。

熊は知らないけれど、少なくとも野生の鹿や馬や狼の類は人とコネクトする事が出来る。肉食の狼が出来るのは、これは以前、人と非情に近く生活していた名残で、アッチも「変な気持ち」と思っているのかも知れない。しかし狼に遭遇するのは滅多に無く鹿ばかりと言っても過言ではない。

鹿は一頭の牡鹿を先頭に群れを成す。牡鹿は少々、警戒心が強いように見えるし、人どころの騒ぎではなく、まして牡鹿は狩猟の対象になるからか何なのか、サッと飛んで身を何処かに隠す。しかし牝鹿は3−4頭でチョッと離れた所から面白そうにコッチを観察する。

時々、チラチラと何気なくアッチの様子を気にかけながらも、コッチはコッチで草や花や樹を観察したり、空を見たり、風の方向を調べたり、地面をほじくったり好きな事をしていると、何をしているのだろうか?とアッチも興味を持ち出す。

1人先に行けば行くほどに、群れを離れては駄目なんとちゃう? って感じでアッチがコッチに歩み寄ってくる。樹が邪魔をして双方に見えなくなるとアッチは樹の陰から首を長く出してコッチを見ようとする。

そうやって寄り道している牝鹿達に何処に隠れているのか見えない牡鹿が、しかし鹿の声はあまり良くないけれど、ゲーッといった大きな一声、「おい、待たせんな! 置いてくぞ!」だろうね、多分、その一声でメスの鹿達はアッと言う間に飛び去る。

つまり、アッチも良く知っていて、禁狩区域に集まって住む様になる。だから狩人は獲物無しで帰宅になる。ハイウエーで特に夜に鹿が越えそうな所に待機して、鹿を狙って車を当てた方が速いかも。

確かに鹿が増えすぎるのは問題に成っているけれど、熊も増えすぎている。
牝は狩っては駄目という事になっているけれど、熊は如何にして牝か牡か分かるのだろうか? 牝でも大きな熊も居る。

中には眠り薬を撃ち込んで避妊手術をするとか何とか言っているけれど、チョッと行き過ぎと思うね。

狼が増えて来ているし、西海岸沿いの山にはクーガーが戻って来ているから、だんだんとカナダ国境沿いに縄張りを広めて東部の山にも戻って来て、野生動物に人間が餌付けをせず、人工密度が低いなら何もソオいう所を人間の住居にせず、そういう所に入って行くのは自己責任で、狼は狂犬病で無い限りは人を襲わないとしてもクーガーや熊に襲われる可能性に覚悟して入る事にして、ギャーギャー言わず、そもそも山火事が起こる中に引っ越したりして、山火事が起こるから数少ない住民の為に樹を切って禿げ山にして、というのでなく、いくら個人の好き勝手だといっても、そういう所に家を建てる事がソモソモ間違っている。熊や狼に飼い犬が襲われて食べられても文句いう方がオカシイ。

帰って来たら熊がプールの中で泳いでいた、テラスに座っていた、だから撃ち殺せ、ま、熊が泳いでいたり、座っている限りはいいけれど、小さいサイズの子供は襲われる対象になる。これも人殺し熊だから撃ち殺すというのも変な話で、縄張り競争なら堂々と縄張り競争をするべきで、相手は爪と牙で襲ってくるのだから、コッチも爪と牙で丸腰で襲い、それが出来ないなら、そういう所を常設の住処にするのは知っての事と覚悟。

これは、人間間にも同じ事をする。自然の資源や労働力に豊富な土地、それも発展途上国とされる国に豊富な場合が多く、資源さえ獲得できれば後は荒れ地どころか、鉱床から出る有害ガスは放りっぱなし、廃坑になったら其のまま放りっぱなしで、母乳は有害な乳になる。
目に見えないから無い事に出来る。それと共にドンドンドンドン、数少ない企業だけに関心と集中が集まり、それが経済力という尺度に使われるようになる。

生活水準とは何だろうか。
ミドルクラスと分類するヒトも居るけれど、それすらもソオ勘違いしているだけで、乞食も一日一食の食事にありつけたらミドルクラスと思っているかも知れない、と言った人が居る。これは当たりと思う。

アルマゲドンが来る〜と言うアホがいるけれど、今は人工のアルマゲドン真っただ中に居る。
そこで私は別に八つの頭を持つ八岐大蛇を退治できる英雄でなくてもイイわけで、選択に難題が増えるけれど、自己の選択で決まる冒険と探検であると思っている。
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by nerdy | 2006-11-21 02:00 | うっぷん
避けられない事実
世紀を越えて闘争が耐えない中東では、最近、更に酷い事になっている。
ハズボラ党が3人のイスラエル兵を拘束した事対処にしてはイスラエルが採った手段が大きすぎる。捕虜の交換はイスラエルのやり方では無いというのは弁解にならない。
しかし、こればかりは、来る年も来る年も世紀を越えて過言すれば数千年間も神経の逆撫でをし合って戦争漬けである同士の心情を憶測は出来ても苦悩の本質に触れる事にはならない。

停戦が要求されている。しかしイスラエル側だけに要求されている。
子供を含むレバノン市民に多くの犠牲者が出たのは双方が望んだ事ではない。 誰にとっても実に厭な気持ちになる事件である。イスラエル兵にとっても其れは同じ事だ。

停戦を要求するなら両方に同時に停戦を要求するのが当然だ。シーア派のハズボラ党といえばレバノンで議会に席を置くまでに成長した党である。それへの要求の方法は幾多もある。しかし、そんな事を言っていても、そうしないのだから現在進行中の解決にはならない。しかも今は、結局は当人同士の問題と放っておくのは物事を悪化させる非常に危険な時代に入っている。レバノンにとっても迷惑な事ではあるに違いないけれどパレスチナ問題に許し難い点がある。

停戦を片側だけに要求するのは1番簡単な事だけれども、それで停戦できるなら、とっくの昔にモメ事は解決しているはずだ。人種、宗教、主義、思想、階級、感情、国などの概念に基づく優劣意識が底辺にある考察や、どれが優位に立つ、どれを従属させるといった闘争、階級をひっくり返す、といった、そういう事が消滅した地域というのが出来上がっているはずだ。其処からグローバルに新しい時代が広がりつつあったはずだ。そして「平和、平和」「戦争反対、戦争反対」と叫ぶ事も無くなっていたはずだ。しかし無くならない。
「平和、平和」「戦争反対、戦争反対」と叫ぶ側にも己を探求せずに他を見て他に判断を下す事を選ぶ。

私は時々考える。本当に人というものは平和平等の意識、そして人類は全て同じであるという意識を望んでいるのであろうか。私達は平和を望んでいるけれどアノ人達は平和を望んでいないという、そういう思考だけに過ぎないのではないだろうか。或はアノ人は出世した偉い人で、アノ人は氏が良く、アノ人は育ちが悪く、アノ人は元何々家の子孫で、アノ人は下品で、アノ人は上品で、アノ人は浮浪者で、アノ人はホームレスで、アノ人は気がふれていて、、、という事で己のアイデンティティー構築をする。あるいは不公平に逆差別をする。アイデンティティーという訳の分からない事が大切と勘違いする。昔に流行ったルーツという語彙の解釈も千差万別になる。或は己は平和を望んでいると思い込んでいる。平和が無い危機の環境に居て平和を渇望するのは簡単な事だ。誰でもソオなる。
しかし、本当に人間というものは平和を持続出来る生き物だろうか。

多分、平和を維持できる生き物であろう。
しかし、己が立つ境地の選択方法によって行動を起こしては事を更に悪化させる事がシバシバだ。

マルチ ラテラルの国際規模で停戦を実現する方向に進むのが妥当であろう。彼処は何をしても何を言っても殺し合いをしたい低能者どもなのだから、全滅するまで殺し合いをさせておけばいい(と私は以前はソオ思っていた)、と思える時代はもう無い。今は非常に危険だ。だからといって単一国家が単独で行動するのは時代遅れもイイところである。
石油欲しさに日本が起こした大東亜戦争や、現アメリカ政権の今までが其の典型である。

エコノミスト誌(7/22−7/28号)のLeaders 欄は「頼むからアメリカよ、一刻も早く介入して頂戴」で文章を終結している。大英帝国の「荒城の月」は呑み会かカラオケだけにしてほしい。こういうのは、もう沢山で消化不良を起こす。

仲裁に入る側は停戦の要求を両方に同時に行うものだ。片方にだけ行うのは、そこに囚われた思考、主義、利害意識がある。或は友好国から出る忠告にも利害意識が大きい。
しかし、仲裁には、仲裁に入ってからの責任というものがある。入ってからドオする事がアメリカに望まれるのか。イスラエルに制裁を設けるのを望むのだろうか。そうなら、つまり物質制裁である。そういう次元なのである。そういう次元はもう遥か昔に終わった。

1948年にまでさかのぼって、パレスチナ不在の国連の強引な決定に問題が発祥しているとするのも、もう時代遅れである。

何千年も前からの事を辿っても、表象は理解できても、其れだけの事である。

国連でフランスが率いる多国籍軍を国境沿いに入れる話がまとまらないのも当然の事。入れる、入れると言うのは簡単だけれども入れてから何をするのかの決定に時間が費やされている。非常に困難な事であるのは明瞭である。

二手に分かれて一方はイスラエルに矛先を向けて「さっきから何やってんの? もうイイ加減に止めなさいって」と言って、一方はハズボラ党に「さっきから何やってんの? もうイイ加減に止めなさいって」と言うのだろうか。仲裁に入った国連軍を交えた銃撃戦になる懸念が思案されている。

日本の終戦の様に鶴の一声でサッとイトも簡単に武器を捨てる不可解な現象は期待できない。あれは実に不思議である。鶴の一声にスゴい効力が在った事になる。あれが無ければ終戦を迎えても日本のアチコチは、今のイスラム世界に見る外力介入の結果以上に深い闘争が日本にも内国で続出して、今の日本は無かった可能性もあると言っても満更間違いではない。

イスラエルは国連の決定で建国された国であるから、ハズボラの本拠地を占領して国連介入を待つ姿勢を採っているのは理解できない事じゃない。
あのイスラエル建国も、国連だけでなく、ユダヤ人内の分裂による思惑もあった。
パレスチナ人にしてみれば、2国に分ける事に合点がいかないのは当たり前の事。
しかも一緒に平和に暮らせ、と要求する方は他人事のように考えている。

そういう双方に気の毒な状況に、集団を作ってVigil(ヴィジル) もイイ。冥福を祈るのに独りよりは大勢がイイ人はソオすればいい。思いを内蔵しては健康によくない。初対面の人などとも話し合いの場が出来てイイ。ミーティングや集会は掃いて捨てるほどの数であり不足しない。

しかし、レバノン市民の犠牲者の冥福を祈るのが目的なら、必ずしも集まる必要はない。冥福を祈るのではなく抗議で集まるなら集まる場所を間違えている。

時には独りでの葛藤や苦悩、そして其処から起こる体験が各人に必要である。本や人の話は参考になっても其れだけの事だ。そこに個人の答えは無い。

日本の神道、仏教も含め、全ての宗教、全ての民族意識、全ての文化文明、全ての聖典教典、全ての国、全ては人間が作ったものである。体験話も其の人の体験話である。ソオ言うものを信じる事が問題を作り出している。その中で優劣を付けるのである。そういう時は何をしても地上の癌になるだけである。

国連介入で国連加盟国や各人が何処まで新しい視野で臨めるようになるか、アラブ諸国で何処までイスラム教内の権力闘争に終止符が打たれて新しいものになるか、イスラエルとイスラム間で何処まで変わるか、世界の警察になっている今のアメリカがアメリカ独自の意識に何処まで忠実になれるか、企業資本主義が何処まで自己責任を問うて今までの成金主義の無茶苦茶行動を変えるか、また他国の中では全く自国の外で何をしているのか考えた事もなく、更にその両手が血に染まっているとも思わない、とっぷりと首まで現在の問題に浸かりきっていてソオだと知らない国など、それら全てが今までに無かった土台に立たないと、今のままがズッと継続していっても驚くに値しない。
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by nerdy | 2006-08-04 02:16 | うっぷん
賽の河原
私を体というもので何故に囲うのか
まるで神輿に封じ込めるように
私は私の外でも息づいている事を
知って欲しい登竜門なのか

あの人も、この人も、その人も、
あの獣も、この花も、その樹も、その石も
あの光も、この風も、その雨も
あの音も、この心も、この意識も、、、

あの祠は何々神で、この祠はコレコレ神で、その祠はアレアレ神、

あの人は何々宗、この人はコレコレ宗、その人はアレアレ宗、

あれはワルで、これは正で、それは醜、

括って、囲って、うごめいて

それでいて朽ちる

朽ちるのに作り、作るのに朽ちる、それでも作る

ここは賽の河原と鬼は言う
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by nerdy | 2006-07-01 01:09 | うっぷん
ハズレ〜、残念でした。
汚らしいポルノサイトを面白可笑しくトラックバックしてくる。私が開けると思っているのなら、残念でした。即、消します。

その汚らしい場所から出て来なさいよ。ダラしない口元や汚らしいニタニタ顔を見てやろうじゃないの。 人間じゃないね。ばい菌にも劣る。

だいたいからしてね、こういう人達は、どんな人達なのか知っている。見当をつけるなんてものじゃない。
こういう人達は、人に真っ赤な他人のものを見せて、それを見てドキッとする顔を見て喜ぶのが趣味なのよ。愚かで同情するね。スケベエという語彙があるが、スケベエを侮辱しているね。

確かに製作の仕方によってはポルノ フィルムは教育に使えるという事はある。それを見て勉強するわけよ。何事も習う事が重要。しかしよ、まるで猿が他の仲間が目前にいようが、何であろうが、気にもならないのと一緒で、つまり、猿から進化していない、という事を言いたい訳だ。ところが、それは間違っている。

ジェレッド ダイアモンド氏の研究によれば、他の動物と違って何故に人間は、1対1で大勢から離れて扉を閉めて二人を好むか。これに係る複雑な生物の進化過程が調査され、この志向が人間を遥かに進化させる要因とする。
しかし、動物の生存に焦点を当てて考察すると、人間は不可思議な選択をする事がある。例えば、メスの鳥が、尾っぽの長いオスの鳥を選択する。尾っぽが長いのは、飛ぶにも餌を得るにも邪魔で、しかも目立つ派手な色の羽は、天敵の目に留まり易い。つまり生存にはマイナスであるのに、この方向に進化して行く。お互いの係り合いによって起こった現象が進化したもの。

しかし、コンピューターの向こうでニタニタ笑って、今まで全く進化しないままで来た原人の生き残りさんよ、一目で消される運命と諦める事ですね。

渡辺純一郎の「男と女」の著書で最後の章を次の文節で結んでいる。

自然科学がこれだけすすんでいるのに、男と女は相変わらず、好きだ嫌いだと、つまらぬ痴話喧嘩を繰り返している、といって嘆く人がいる。
しかしだから人間なのであって、そういうところがなくなったら、単なるロボットかコンピューターになってしまう。
所詮、男女の愛は体験と実態でしか知りえない1代かぎりの知恵で、それ故に千年前もいまも変わらず、これからも大きく変わることはないだろう。

知恵なのよ。知恵。その違いの結果は大きい。分かったんなら、とっとと失せる事ですね。塩を撒こう。
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by nerdy | 2006-02-24 00:33 | うっぷん