Nerdyな人が増えて来た喜ばしい日々
by nerdy
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カテゴリ:2006年帰省( 8 )
天と地
11月下旬といえば関西は紅葉シーズン。
朱や黄金に燃える紅葉に包まれたかったけれど時間が無かったので、次回は実現させたい。
ニューヨークは金色が紅葉の主流だったけれど、もう終わっている。

京都の紅葉シーズンは23日の勤労感謝の日とも重なって、とっくにホテルは満室。
父の納骨に行くつもりになっている傍ら、紅葉の事が脳裏をかすめる、、、でも無言の業、、、言うと、また、極楽トンボと言われるか、あるいはシャーナイのラベルを貼られるという被害妄想が起こる。

納骨の49日は住職の息子の副住職が行った。若い頃、ギターばかり弾いていた住職は脳溢血で入院中でホボ退院の模様。

この住職は歴代の中で始めて妻帯した僧で、息子を二人持った。それまではズッと妻帯なしで弟子入り僧侶続き。禅宗でないから妻帯は許されるのでは、と思うけれど真面目な人はしないのか? 副住職の薬指にも結婚指輪がある。

この副住職は、なかなか大した副住職。本堂でお経をあげた後の説話は、副住職だから控えたのか、如来さんの話をしてくれた。この話があるというのは大いに気に入った。

如来さんと観音さんと不動明王さんの3つの姿があるそうで、如来さんは釈迦が出家した後の姿でアクセサリーが全く無く、観音さんは出家前の釈迦は王子であったので、だからまだアクセサリーが沢山着いていて、不動明王は修行中の人を守る存在なので恐い顔をしていたり剣を片手に持った姿をしているそうだ。

如来さんで1人だけアクセサリーを付けた如来さんが居るそうで、それは大日如来さん。

副住職さんは話の後、祭壇の中を案内してくれた。佛さんは阿彌陀如来像。
私の好きな阿彌陀如来像は奈良の薬師寺ので左に月光、右に日光菩薩が立っている。

この寺のは小さめで、3体とも黒くススこけていて、鼻が欠けている。7世紀半ばにつくられた像で、しかも京都は応仁の乱の戦場にもなり、織田信長が焼き討ちしたり弾圧したり、しかも江戸中期の大火災で今の姿になったそうだ。

京都で鞍馬に向かって通る道で寺町通りと呼ばれる所は、織田信長が弾圧する寺々が一カ所に非難したのでソオ呼ばれるようになったそうだ。嵐が澄んだ後も其処に残った寺もある。
弾圧にあった宗派で他の宗に改宗して弾圧を軽くした寺もあるそうだ。

南無阿彌陀仏の南無が、音を文字にしたもので、ヨガでオームと言われるものや、キリスト教のアーメンも同じ意味らしい。皆、いにしえの奥から響き渡るものなのだった。

オトバに七七と書いてあるのは何故か聞くと、七x七で49日という事で、七日が七週で49。成る程。
いろいろ教えてもらった。

こういうのは冠婚葬祭でしきたりや儀式になっているけれど、教えてもらうと、エネルギー渦巻く次元の思慕が見える。

キリストがコオとだけ祈れといった祈りに「天に有るごとく地にもならせたまえ」という所があるけれど、この天の意味と同じな気がする。

地が天になると、地という肉体が無くなるのでは、という未知の不安が邪魔をする、といった事を思った。

法事の後、食事。姪が送ってくれた写真。
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これはカニが器に入っている。私はアレルギーがあるから従兄弟の膳に移す。エビもそれにしかり。
私が食べたのは前菜と刺身と煮物と焼き物と汁物と栗ごはんと漬け物。どれも美味しかった。焼き物は大きな紅葉の葉が沢山被された大きな1つの器が出て来て、めいめい皿に分けてくれた。なんとなく原始時代の料理法の感がする。京都の味付けは優しくてダジが効いていて、コクがあって深い。砂糖の隠し味があるのは確か。だから私の舌に合うのかも。

母は高齢だし、もうこういう事の準備は無理だから、なにもかも「おねえちゃん」と義兄がしてくれた。「シンドイ のよ〜、でんでん虫は日本に居てしたらどお〜、困った人とはソオ言うのを言って、、、」的、、、。
なんか、アメリカで私はノホホーンと27年もきたと思われている帰来が有って、、、英語が達者だけが必須じゃないんだけどと思うけれど、、、外地で苦労とまでは言わないけれど切り抜けて来た事が沢山あるのに、、でんでん虫は相変わらず楽しそうな顔をしている、とか言って、それで其れと思うのも、思うのだからしょうがない事で、ま、人とは相互に見ただけでは分からないもので、、言う事からも完全に理解出来る訳でもなく、ゴチャゴチャ言うと「ああ言えばコオ、コオ言えばアア」の被害妄想で、ようは相互に感じ取るものであるので、そうなると、ソオなので、、、つまり、南無でゴーンとチーンと木魚のポクポクで目出たく往生、、、。
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by nerdy | 2006-12-02 03:23 | 2006年帰省
京都通い
昨日日本を発ったのに、またNYで昨日、、、日付ばかりでなく時間までが狂う。
あそこに居たと思ったら、もうこちら。といっても飛行時間は長い。
帰りの機内で達成した事は、「Eight Below」の映画を観た事。

今回の帰省で東京には立ち寄れなかった。

両親が引っ込んでいる奈良に行く前の一週間は、日本出張中の夫が滞在する大阪梅田のヒルトンの部屋に私は居候して毎日、阪急電車で京都通い。

一旦奈良に行くと、遊ぶ訳にはいかない。子育てをとうの昔に終了して今では88歳と87歳になった両親がヤレヤレで暮らしている中に、またまた私が出たり入ったり遅く帰ったりを始めると問題がある。
今回の帰省に私は何時とは違った目的を持った。それは高齢になった住民に対する地方自治体の方針や方向付けについて色々と役所から話しを聞いて具体的な方向付けを考える事にある。しかし、その前に京都に通う事にした。
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by nerdy | 2006-06-27 03:28 | 2006年帰省
生源寺、日吉大社、西教寺
夫と二人一緒の京都は27年ぶり。
今日は、まず最澄生誕の場所、滋賀県坂本の生源寺へ行く事にした。この寺には最澄が産湯を使った井戸がある。 これが、その井戸。
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そこが生源寺という名前のお寺になって今でも最澄を祀っている。 今もこの寺は日吉大社の西本宮のもとに健在である。 といっても織田信長の比叡山焼き討ちで燃え、今ある本堂は、その後に再建されたもの。
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生源寺を後にスグ近くにある日吉大社へ。普通の鳥居を潜って大宮川を越え、山王鳥居を潜り、こんもりと樹々が茂る境内に入る。
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ここは猿が神の使いだけれど一匹も居なかった。そのかわり、檻に入って二匹の猿が居た。馬神の白馬も可愛い。
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非常に親切で若い神主とオシャベリする機会が到来、驚くほどにフレンドリー。 この神主によると、比叡山の記録は全て織田信長の叡山焼き討ちで叡山文庫もろとも日吉大社は全焼し、現在に残る記録は、当時、記憶のある人が新しく書きなおしたものであるという。建物も桃山時代や江戸時代に再建されたもの。明治維新には廃仏毀釈で仏教関係の建物は全て除かれたそうだ。

神主になるには神道を大学で勉強して免許を取得する必要があると言う。しかし巫女は誰でも申し出れば成れるチャンスがあるそうだ。巫女になれば良かったかな? と思ったりして、実に気まぐれな日和。

そこからかなりの距離の坂道を歩いて西教寺へ。e0037884_3123871.jpge0037884_316392.jpg

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ここは聖徳太子が高麗の僧の為に建てた寺だけれども荒廃していたので後に復興され、天台貞盛宗総本山になっている。ここも織田信長の焼き討ちにあった。焼き討ちをした後、この辺りの監督として明智こと光秀を配置したが、光秀は西教寺の檀徒となって大本坊を再建、光秀一族の墓もある。
ここでも本堂の隅には白い手をした猿の像が置かれていた。坂本の地は猿と深い関係にありそうだ。e0037884_3194027.jpg

実によく歩いて生源寺まで戻るとお腹がペコペコ。早速、向かえの蕎麦屋のその奥隣にある蕎麦へ。こちらの方が表通りの蕎麦屋より老舗で、味も美味しいという事になっている。味比べはした事はないけれど、辛くなく甘くなく醤油味がしないのにコクがあって旨味があって、満足の満足。
修験僧が1000日間の修行をする時に米、麦などの5穀を口に出来ない時に蕎麦が5穀に入っていないので蕎麦を食べたそうだ。だからなのか、京都、滋賀の近江一帯は蕎麦屋が非常に多い。
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by nerdy | 2006-06-27 03:24 | 2006年帰省
鞍馬山
今日は叡山電車で鞍馬山へ。
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あの延々とコレでもかと続く階段を「なんだ、これしき」と強がって登って、やっと本堂に到着、お参りする前に不動明堂の縁側の陰に横たわって体を安める。さわやかな風に眠ってしまいそうだから本堂に行く事にする。
鞍馬は天台宗のお経を使うけれども、戦後に天台宗から独立して宗派を問わない鞍馬弘教になっている。

鞍馬山の祈り

月のように美しく
太陽のように暖かく
大地のように力強く
尊天よあふるるみ恵みを与えたまえ

私の方が月のように美しく、太陽のように暖かく、大地のように力強くありたいものだけれど、、、、無理っか。

この祈りの他に、「光に向かって」という素晴らし詩文が本堂に掲げられている。

階段は本堂で終わらず、まだ続く。いよいよ鞍馬の森の中へ。ここからはハイキングといった感あり。生気というか霊気というか、不思議な活力が湧く山である。

途中、義経にご挨拶しながらトコトコ歩き、義経が鞍馬の天狗こと比叡山の修験僧と出会って妖術を習った場所で一休み。
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やっと貴船に出て、そこでバスを待ちながら抹茶ソフトクリームを食べて、京都市中へ。
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by nerdy | 2006-06-27 02:52 | 2006年帰省
今宮神社と阿ぶり餅の一文字屋
また京都。先ず先祖の墓へ直行。今回は和尚さんには会わず、オトバもあげず、単に墓から墓へご挨拶。

そこから紫野今宮神社へ。
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祠に入った白馬は塗り替えられて、顔が以前と違って少々漫画的、ついに写真を撮るのを忘れた。そのかわり、物置のような感じの所に、こんな白馬を見つけた。
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今宮神社に来たら、一文字屋の阿ぶり餅は是非、食べたい。あぶり餅屋が2軒あるけれど一文字屋が元祖。
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90歳まで店に出ていた女主人は店に出なく成ったら94歳で亡くなったそうで、今は娘さんが仕切っている。娘さんといってもかなりの年配。平安時代から使われている井戸の水で何気なく入れるお茶は絶品。これが、その井戸。中はヒンヤリとしている。
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その足で夫が好む大徳寺へ。ここは私の好みに少々ち合ない感あり。境内の高桐院で涼んでから下鴨神社の御手洗川と糺の森へ。30年前には合気道道場があって賑わっていた建物は、ここ長年は開かずの建物であったようで今では閑古鳥が鳴いている。

そこから歩いて出町柳の商店街へ。今も健在。
そして夕刻の祇園へ向かう。祇園から5条までをウロウロ、、、学生時代にお世話になった今は亡き遠縁の人が独り住んでいたウナギの寝床のような町家は、せせこましい鉄筋のマンションに変貌していた。とっぷりと日が暮れて、巽橋から高瀬川沿いを歩いた。
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by nerdy | 2006-06-27 02:20 | 2006年帰省
奈良へ
今日、夫はアメリカに帰国、私は奈良へ。

「メシ、お茶、寝る」の父の世話で疲れ気味の母の手伝いで毎日を過ごす。
老いを非常に意識する父と老いなど少しも気にしない母、、、。
一緒に掃除、洗濯、買物、布団干し、、、。小さな庭の樹々は大きく成って、狭いながら茂りっぱなし、地面にはドクダミやコンフリーが非常に増えて、そこいら中、白い花とピンクの花が咲く。アゲハチョウが飛び交い、クマンバチが花から花へ飛び、何処かに小鳥が巣を作っているのか早朝からさえずる。
足もとに笹が茂り足場が取りにくいので、植木ばさみで笹を刈ることにした。

庭は荒れているに違いない、とは思っていた。確かに見方によっては荒れているかも知れないし植木屋は卒倒するかも知れないけれどもソレ程ワルくないと思う。植木屋は必要ない感あり。

町役場の人達が週に何回も訪れて来て、頑固一徹の父を囲んで話し込む。
「オレは何処にも行かん。ここにズッと住む。定期健康診断? そんなもの誰がするか。医者は行かん。」が口癖の父。行かないなら行かないで、こうなると自己責任、といっても耳が遠いので非常に厄介。

「補聴器をつけたら?」
「そんなもん付けん」
「補聴器を付けた事がないのに何で厄介だと分かるの? 変よ 。付けてから言うなら分かるけど」
「付けんでも分かる」

父との会話はホボこんな感じ。
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by nerdy | 2006-06-27 02:02 | 2006年帰省
娘夫婦と合流
丁度、娘夫婦が日本公演中で、2日間の休みを利用して奈良の祖父母に会いに来る。だから私は新大阪まで二人を迎えに行く。私の父母にとっても、長女にとっても再会は24年ぶり。
夜8時過ぎまで出前の寿司を食べながら非常に楽しい時間をすごす。
錆び付いているに違いないと思っていた父の英語は、水を得た魚の様に生き返る。
耳も聴こえる風。
その夜は娘夫婦と私の3人で奈良のホテルで宿泊、正直言って私はチョッと疲れ気味なので休憩が必要。多分、両親もそうかも知れない。
夜の3条通りはヒッソリとして静かで落ち着いている。ローソンでアイスクリームを買って、まだ開いているゲームセンターでスクリーンの絵と音楽に合せて大太鼓をたたくゲームに没頭。
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by nerdy | 2006-06-27 01:46 | 2006年帰省
龍安寺と金閣寺
今日は娘夫婦3人で京都へ。京都に一泊。まず荷物を堀川二条にある国際ホテルに置いてから12番のバスで金閣寺と龍安寺の石庭へ。これは娘婿の要望。今日半日だけでは大忙しで廻るのに限度がある。幼かった長女を連れて頻繁に通った今宮神社の前をバスで通り過ぎる。また連れて来たかったけれど今回は諦める。
金閣寺のキンキラキンは更に其のキンキラキンを増した感あり。

石庭は小石がヤケに灰色に見えて、置かれている大きい石と砂利が何となく変な組み合わせで、砂利に描かれた曲線と直線が織りなす陰がパッとしなくて非常に変。確か砂利がもっと白かった。あまりに奇妙なので、お寺の人に尋ねたところ、砂利が汚れているのだと言う。そろそろ洗う時期なのだと言って笑う。そろそろどころの騒ぎじゃなくて、とっくにソロソロの時期が過ぎた感じだけど、、、。

夜は先斗町を行ったり来たりして鴨川の川床に席が無いか探した。生憎と空席無し。仕様がないから川に面していない「葱屋平吉」に入る。それが結構大当たり。京都野菜をグリルしてくれて、アジの開きに柳葉魚に焼き鳥に高菜入りのおにぎりで日本酒を娘と一緒に3合あけて、娘婿はビールで、その後、ちょっと遅いけれど三条河原町までテクテクと歩く。ここいらは、昔とあまり変わっていない。ゲームセンターが有ったので又、大太鼓を叩くゲームをする。翌朝、娘夫婦は東京へ戻って行った。

私は、八坂社に参るつもりで四条河原町に出たけれど、ワッと人出が波のように押し寄せる感があるので気が変わって、タクシーをつかまえて京都駅へ退散、奈良に帰る事にした。

私:「一人になったらNYに来て私達と住まない? 書類の準備をするから。」
父母;「NY? ちょっと行く気がしない。」

アメリカに帰る朝、近くの駅まで送ってくれた母をプラットフォームに残して私は関西空港へ。
また近く来る事にしよう。
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by nerdy | 2006-06-27 01:38 | 2006年帰省