Nerdyな人が増えて来た喜ばしい日々
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2006年 01月 17日 ( 1 )
義経
著者:司馬遼太郎
出版社:文春文庫出版2004年(1997年出版の新装版)

義経と言えば同情を寄せる人も多く、特に関西では人気のある歴史上の人物だ。
去年は日本でNHK大河ドラマになっていた。そこで、近所の日系スーパーでビデオを借りてみた。それ以来、二週間毎に入るビデオを一巻も逃さずに熱心に観た。
しかし平泉での切腹で終了してしまった。

そこで、義経について書いている本を読んでみる事にした。早速、図書館に出向くと、司馬遼太郎の「義経」が上巻下巻と揃っていたので、早速借りた。

司馬遼太郎が義経を見る目は厳しい。いつもながらの司馬スタイルで、現実が見えない事への批判が強い。 長いものには巻かれろ」という訳では無いとは思うが。単に、現実と空回りする行動や考え方を指摘するといった所だろう。

時代が如何なる時代であるかが先ず動かない前提となり、それに即さない生き方になった義経の短い人生を、現存する歴史書に書かれている事を元に、時代を追って義経分析を進める。これが、この本の主題であると私はする。そこに司馬遼太郎の関心は義経にあるので、それ意外の人物に向ける目は緩く成る。

司馬遼太郎の義経分析の例を挙げると

ひどく能力の片寄った若者には、時代の底にあるものまで見抜けない。

合戦にかけては天才だが、合戦以外の事となると別人かと思えるような政治感覚の無さ、物事の軽率さ、自負心のつよさ、とどめのない甘ったれ、それはまるで幼児か痴呆にちかい.....と頼朝はそうみていた。

名誉心を傷つけられていながら、面当てとか、競者の不幸をのぞむといったふうの常人にとって当然の心情が義経には不思議なほどに欠けていた。この欠落が、義経の人柄に他の者にはない格調をあたえているのであろう。同時に、この心情の欠落が、人の心の機微を察せられぬという、この若者の致命的な欠陥にも通じていた。

この若者は、すべての人間感覚を情緒的にしか捉えられない。

兄への恩愛と父についての復讐といった、いわば幼児の切なさ、類のない甘ったれであり、情の深さであり、その点、婦人のようであった。

色白で骨細の小男で口が小さく少々反っ歯気味

非常な好色、正室、側室の数は25人、その中に白拍子が五人

NHK大河ドラマの義経とは少々違った未熟な幼い人の様に描かれている。26歳で死んだ人生であるから未熟で若いのは当然ではあるが。

源氏一族であるという事と頼朝と父を同じくする弟であるという事が確固としたものである義経と、義経とは裏腹に、内縁争いが絶えない源氏の血の繋がりよりも寧ろ関東周辺の豪族との絆を深めた体制作りを進める頼朝との間に、相容れないスレ違いが有る。源氏一族は頼朝にとって、寧ろ敵である事を義経は理解する時が無い。これを司馬遼太郎が、義経は情深い甘ったれと分析する所以であろう。

現代の立場から、結果論として甘ったれと言えるが、 当時では常識であった氏や一族の絆という義経の心情と、頼朝が都から東へ遠く離れた鎌倉という地方で強い豪族に囲まれて流人という弱い立場で育った環境が作り出した頼朝の考え方の新しさが義経と相互にスレ違う事になったとも言える。

政治感覚が優れて武力に劣る頼朝と、政治感覚が欠落して武力に長ける義経の異母兄弟はチームワークさえ取れれば、良いコンビではあるが、頼朝の願望と義経の願望は異質のものであった。
もし義経に権力の欲があれば、独断の願望に生きる事もなかった可能性もある。

また、義経の傍に付いている人達は、叡山僧兵あがりの弁慶が居るが、他の者は東国の武家を知らない者ばかりで、東国の頼朝に関して義経に助言できる人物を置いていなかった事が落ち度であると司馬遼太郎は分析する。

時代は変わっても似た様な事が続いている。会社勤めを例にとっても、頼朝の考え方の方が生きていると私は見る。義経の合戦力を職務をこなす実行力に例えてみると、それだけでは、上の出世欲に利用され、使い果たされる運命にある。自力で伸し上がる欲が必要になる。それには政治感覚が必要で、時代のゲームが出来る力が必要になる。また、自分が売るものを知っているだけでは不足で、買う側は何を買っているのかを知る力も必要になる。それを自覚しての方向付けが望まれる。つまり、司馬遼太郎が書く様に、時代の底に流れるものを見る力に欠けるのは大きな欠落になる。そうなると、その中に居ても自分自身の願望は分かっても現実が如何にあるかサッパリ分からないばかりか、自分自身の実行力は他者には脅威になっている事にも全く気づかないでいるハメになる。
「自分を支えてくれる」というバラ色の色眼鏡をかけて見ている事になる。これを司馬遼太郎は甘えと見ているのだろう。
義経の様な人は現代にも多いのではないだろうか。

平家を滅ぼした時に義経は、「平家の人々も、わが戦勝の恩人である」と言ったそうだ。 これは幼少の時から鞍馬寺に入れられていた影響があるのかも知れないが、司馬遼太郎が現実に則って分析すると、痴呆の考え方となる。


義経の首が頼朝の元に届いた時に「悪はほろんだ」と頼朝は言ったそうだ。
それに準じて司馬遼太郎は次の文章で本を完結している。

————悪とは、なんだろうか。
ということを一様に考えこまざるをえなかった。後世にいたるまで、この天才のみじめな生涯は、ひとびとにその課題を考えさせつづけた。

これは正解である。読後に私も義経の惨めな人生を考えてしまった。
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by nerdy | 2006-01-17 05:03 | 読書